トップインタビュー
2024年07月25日
[記事]
ダイバーシティ&インクルージョン推進が新たな企業価値を生む
大日本印刷株式会社 代表取締役社長 北島 義斉 氏
従来の視点だけでは、新しい価値を生み出せない
横尾 「2024 J-Winダイバーシティ・アワード」アドバンス部門の大賞受賞、誠におめでとうございます。前回のベーシック部門での受賞に続き、今回はアドバンス部門での受賞ということで、貴社のD&Iへの取り組みが着実に進化していると感じています。
最初に、北島社長ご自身がダイバーシティ&インクルージョン(D&I)、特にダイバーシティに認識を持たれたきっかけについて、経営者としての動機や背景がございましたら、教えていただけますか。
北島 経営的な観点でいいますと、私が社長になる少し前からDNPグループとして、「第三の創業」に取り組んで参りました。我が社は総合印刷会社として、顧客からのオーダーに応える受注の仕事が多くを占めていましたが、受注だけを続けていてはこれからさらに成長することは難しいと考えました。我々自身が社会のニーズを見極め、世の中に求められているものを自分たちで創り出すことで新しい価値を見出していこうという思いから、戦後に事業領域を拡張した「第二の創業」を超える「第三の創業」を進めている次第です。
そのような中、従来の視点だけでは新しい価値を生み出すことが難しくなってきていると感じます。D&Iに取り組むことで、多様な視点や部署の掛け合わせにより、新しい価値を発見しやすくなり、その価値を大きくしていくことが可能です。D&Iを推進し、社会と同様に多様性がある状態をつくることで、社会に喜ばれる価値を創出していけると考えています。
個人的な観点で言いますと、2012年に娘が生まれました。2人目だったこともあり、1人目の息子のときに比べて、より積極的に子育てに関わることができました。娘が成長するにつれ、もっと社会で女性が活躍できるような制度や取り組みを進める必要があるのではないかと、1人の父親として強く感じるようになりました。
横尾 それは素晴らしいですね。私自身は、恥ずかしながら子育てに関われなかったのですが、北島社長はどのようなきっかけで積極的に子育てに関わろうと思われたのですか。
北島 子どもが2人になると、妻だけでは手が回らないこともありますし、2人目が生まれた頃には自分で仕事のスケジュールを組みやすくなっていました。また、私自身もある程度年齢を重ねていたこともあり、より積極的に子育てに関わりたいという気持ちが強まりました。
女性の活躍推進のための具体的な取り組み
横尾 経営のトップが自らD&Iに対して当事者意識を持ち、コミットして推進されているという強い印象があります。社長の“本気度”をどのような場で社員の方々に伝えていらっしゃるのか、具体的にお聞かせいただけますか。
北島 長年、会社として女性の活躍推進に取り組んできました。特に2021年からは「ダイバーシティウィーク」というイベントを社内で開催し、その冒頭には私が社員に向けてメッセージを発信することを続けています。
全社的に、我々の最大の財産は社員であると考えており、そのことを日頃から全社員に伝えています。女性だけではなく、障がいを持つ人など、あらゆる社員が活躍してほしいという思いを持っています。
D&Iへの取り組みにおいては、社員それぞれが自由に発言できる心理的安全性を保つことも重要です。「ダイバーシティウィーク」や新年の挨拶など、さまざまな機会を通じて、このメッセージを社員に伝えるよう努めています。
横尾 具体的に力を入れている施策があれば、ご紹介いただけますか。
北島 次世代の女性リーダーを育成するための研修を行っており、そうしたことを通じて女性の管理職比率を高めたいと考えております。そのため、女性の受講者を増やす取り組みを進めています。この研修を受けた社員は、次のポジションに進むことも多くなっています。
また、意思決定層への登用候補の女性社員に対して役員がスポンサーとなり、ポジションを引き上げる「スポンサーシッププログラム」という取り組みも行っています。
我が社の新入社員の約4割は女性ですが、管理職や課長以上の職位における女性の割合はまだ十分ではありません。そこで、より積極的に女性を登用するためのさまざまな仕組みを運用し、女性の活躍を推進しています。役員とのミーティングの場でも、自分の組織にいる女性社員を意識的に見て、仕事での経験機会を与え育成するよう促しています。
横尾 ありがとうございます。新入社員の4割が女性というのは、世の中を見てもトップクラスの高い比率だと思います。女性の管理職の比率についてですが、他の大手企業でもよく見られるのは、管理職一歩手前まではかなり比率が上がっているが、管理職や特に部長クラスになると比率が大きく下がるという現象です。
この点について、経営者の方からも「何とかしなければならない」という声が聞かれますが、御社の数値目標についてはいかがでしょうか。
北島 管理職における女性の比率については、2025年度末までに12%以上にすることを目標としております。課長職においては15%以上、女性役員の比率については、2030年までに30%にすることを目指し、段階的に増やしていく取り組みを進めています。
横尾 取り組みを進める中で何か壁のようなものや、別の施策を打たなければならないと感じることはありますか。
北島 近年は新入社員の女性比率が上がってきたことで、既にある程度の母数が存在していますので、管理職候補もその中から選ぶことが可能です。しかし、20年ぐらい前までは新入社員の女性比率が低かったため、現在、役職に就いている女性の数がまだ十分ではないという状況があります。母数が少なかった時代に入社した社員については、より積極的な人材登用や活躍の工夫が必要だと感じています。
社内外のコミュニケーション活性化が、D&Iを加速する
横尾 これは御社の今後の目指す姿とも重なってくる部分があると思いますが、特にD&I推進の分野で注力すべき取り組みや今後の計画について、お聞かせいただけますか。
北島 先ほど申し上げたように、世の中の方々全員に価値を感じてもらえるものを生み出していかなければ、今後さらに成長することは難しいと考えています。
D&Iは「第三の創業」に不可欠なファクターです。
我々は「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントを掲げています。それを実現するには、世の中がそうであるように、社員も多様であることが望ましく、それぞれの強みを活かして活躍してくれることが大切だと考えています。そのためには、あらゆる人が活躍できる環境を整える必要があります。働く時間に制約がある人や障がいがある人も、生きがいや働きがいを高めながら働ける会社を目指して、取り組みを深めていきたいと思っています。
横尾 御社の「未来のあたりまえをつくる。」という言葉には、非常に感銘を受けました。D&Iを推進するための施策のあり方、そのものですね。
北島 ありがとうございます。我々は、今まで世の中に存在しなかったものを、研究開発をはじめとする企業努力によって数多く生み出してきました。現在ではそれらが世の中で「あたりまえ」に使われています。今後は、全員でD&Iに取り組んでいくことが「未来のあたりまえ」を生み出すことに繋がると信じています。
横尾 私どもJ-Winとしては、あえて今「OBN(オールドボーイズネットワーク)」という男性ネットワークチームを作って、男性管理職の意識改革に取り組んでいます。御社の男性社員にも参加いただいていますね。
北島 J-WinのOBNで学んで帰ってきた社員については、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み・偏見)に気づこうと意識が変わってきている印象を持っています。しかし、社内ではまだ、バイアスをかけないようにする意識が十分に浸透していないと感じています。昨年11月よりアンコンシャス・バイアスの影響から脱するための研修を社内で実施しています。まず、役員全員がこの研修を受けている姿を社員に見てもらい、その後、管理職および全従業員にも同じ研修を受けてもらっています。少しずつ意識改革を進めていきたいと考えています。
横尾 社長が自ら率先して取り組んでいるというのは、先進的で素晴らしいことですね。
最後にJ-Winの活動や運営について何かご意見があればお聞かせいただけないでしょうか。
北島 J-WinのCEO会議は、他社のCEOの方たちがどのような取り組みをされているかを聞く大変良い機会だと感じています。女性を重要な立場に任命したり、女性の比率を高めることを部署の目標に設定し、役員の賞与に反映させたりするなど、先進的な取り組みをしている企業の話をたくさん聞かせていただいています。我々としても、まだ取り組めていない制度も多くありますので、参考にしながら導入を検討していきたいと考えています。
また、J-Winに参加している弊社の女性社員たちは、他社の参加者との交流を通じて自信を深めたり、悩みを共有したりしているようです。社内ではわからない、多様な皆さんの悩みなどが自身の課題解決のヒントとなり、D&Iの活動を積極的に進める上で大変参考になっています。
社員に対しては、「社内外の皆さんと、より多くのコミュニケーションをとることが重要である」と普段から伝えています。J-Winはその機会を実現する大変ありがたい場だと感じています。
横尾 ありがとうございます。他社の方とさまざまなコミュニケーションネットワークを形成していくことは、その人自身の財産になると同時に企業の財産にもなると思います。そのようなプラスのサイクルができてくると良いと考えています。
本日は、社長自ら率先してD&Iに取り組んでいらっしゃる素晴らしいお話をお伺いしました。貴重なお話をありがとうございました。