オールド・ボーイズ・ネットワーク
2025年06月18日
「チェンジエージェント」栗原 健輔氏に訊く

男性の行動こそがDEI推進の鍵!
J-Win男性ネットワークOBの栗原健輔氏が語る
自身の意識改革と組織を動かす熱意
「きっかけは娘たちの未来のためです。活躍できる場所が公平に与えられるために、何か自分にできることはないのか、と思っていました」。そう力強く語るのは、J-Win男性ネットワークに2年連続して参加した栗原健輔さん。
しかし、この問題意識こそが、後にデロイト トーマツ グループ全体を揺るがす変革の波を生み出す原動力となります。
栗原さんはなぜ、男性管理職が集まるネットワークに参加しようと思ったのか。そこで何を感じ、何を学んだのか。そして、彼はどのようにして得た学びを組織に持ち帰り、チェンジエージェントとして仲間たちと変革の道を歩み始めたのでしょうか。
今回のインタビューでは、旧態依然とした企業文化、「オールド・ボーイズ・ネットワーク」が築き上げてきた同質性の壁に立ち向かう男性管理職・栗原さんの意識改革、そして彼の行動がどのように組織全体のダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)推進を加速させていったのかを紐解きます。
一人の父親の静かな決意から始まった、日本の企業社会におけるダイバーシティ推進のリアルな軌跡。より公平で誰もが活躍できる未来へのヒントが見つかるはずです。
●チェンジエージェントに訊く
有限責任監査法人トーマツ パートナー 公認会計士
栗原 健輔 氏
河野: 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。J-Win男性ネットワークの卒業生であり、企業ではお仕事の傍ら、チェンジエージェントとしてもご活躍の栗原さんに、男性ネットワークに参加されたきっかけや活動を通して得た学び、そして現在のDEI推進活動などについて伺っていきます。
栗原: J-Win男性ネットワークに参加した2019年は、娘2人を保育園に送り迎えしていた頃です。家事育児は曜日を決めて妻と二人三脚で行っていました。私がお迎えをする日は、定時退社は当然のこと、時には会議の途中でも席を立つことがありました。
企業の中では働き方改革が進む一方で、仕事と家事育児の両立には常に葛藤が伴い、キャリアアップへの不安も常に頭の片隅にありました。
しかし、そうした苦労や不安は、男性も女性も同じように抱えているはずなのに、性別による役割分担意識をはじめ、社会の認識が変わらないのはなぜだろうか、という思いがあったのはこの頃です。
そんな時、上司から男性ネットワークの活動を紹介されました。そのモヤモヤしたものを解決するため、その糸口を見つけたいとの思いから参加を決意しました。
「あなたたちのせいだ」 その言葉が心に突き刺さった
河野: 実際に男性ネットワークの活動に参加されて、どのようなことを感じられましたか。印象に残っていることなどがあれば教えてください。
栗原: 第1回 男性ネットワーク定例会での衝撃は今でも鮮明に覚えています。集まった男性ネットワークメンバーに対し、「皆さんは、ダイバーシティを誰のため、何のためにやっていると思いますか。 女性のためだと思っていませんか」と、問われました。
「DEI推進の目的は、女性のためではなく、企業が生き残りをかけてイノベーションを創り出す経営戦略として取り組むもの。それなのにダイバーシティを推進するのはマイノリティである女性ばかり。あなたたち男性たちが動かない限り、日本のDEIは進まないし、スピードも上がらない」というものです。
この言葉は、当時の私にとって大きな驚きでした。DEI推進は企業の経営戦略であり、それが遅れているのは「あなたたちのせいだ」と言われたからです。多様性に乏しく、女性リーダーの育成が遅れている根底には、私たち男性側の意識改革や行動が伴っていなかったという厳しい現実を突きつけられた思いでした。
男性ネットワーク活動を通じて、より強く認識するようになったのは、やはり男性自身の意識改革が不可欠であるということです。これまで企業の中核を担ってきた男性たちが築き上げてきた企業文化には、改善すべき点が潜在的に存在します。重要なのは、これらの不条理を客観的に、そして自分ごととして捉え、しっかりと腹落ちすることです。その上で、当事者である男性自身が主体的に課題を洗い出し、論理的な解決策を検討・実行していく必要があります。
組織風土の変革には時間を要しますが、この段階的なプロセスを着実に進めることが不可欠だと思います。まずは小さな意識の変化を「うねり」として捉え、共感者を増やしながら、その影響を組織全体へと拡大していく。この積み重ねこそが、持続的な変革を実現する道筋となります。
私自身は、企業という組織の一員として、そして二人の娘を持つ父親として、経営戦略と次世代への責任という二つの視点から、DEI推進に取り組む必要性を痛感しています。
チェンジエージェントとして、オールド・ボーイズ・ネットワークの変革へ
河野: 男性ネットワークでの活動は、参加者それぞれが自社のDEI推進、古い企業文化の変革を担う「チェンジエージェント」になるためのものだと考えています。ここでの経験は現在の栗原さんの行動にどのように繋がっていますか。
栗原: 男性ネットワークでは、分科会ごとにテーマを決めて考察し、議論の中から結論を導き、提言するという活動を行いました。業種や企業という垣根を超えた多くの仲間たちと学んだことを持ち帰り、知識として得るだけでなく、行動に移してこそ意味があることを痛感しました。
特に、組織における無意識の偏見を生む「オールド・ボーイズ・ネットワーク(以下OBN)」の存在を周りに理解してもらい、マジョリティである男性の意識改革を求めるとともに、主体的に行動する必要性を訴えていくことが重要だと考えるようになりました。
2019年に活動を開始し、2020年の2月頃には社内イベントを企画しましたが、コロナ感染急拡大により頓挫しました。そのことが諦めきれず2年連続して男性ネットワークに参加し、同じ志を持つ他社の仲間たちと連携して、OBNの構造的な課題を可視化し、男性管理職が主体的にD&I推進に取り組む必要性を訴えるオンラインイベントを開催しました。
社内で行ったイベントには約130名の社職員が参加しました。その後、J-Winでの仲間たちと5社合同で開催したイベントには400名以上が参加し、会社を超えて活発な意見交換が行われました。これらのイベントでは、まず「OBNとは何か」から始まり、続いて女性エグゼクティブによる「キャリアの壁」をテーマとした講演などを行いました。これは、参加した男性管理職を中心にOBNの構造や影響を理解し、それによる弊害を認識することで、より公平な職場環境を目指すための活動となりました。
現在は、社内外でのイベント活動を継続するとともに、各種メディアを通じて社会全体への発信、さらにはデロイト トーマツ グループ内に男性ネットワークを立ち上げ、意識改革のためのワークショップや分科会活動などを実施することで、グループ全体のDEIを加速させる活動を進めています。
共感を広げ、変革を推進 デロイト トーマツDEIネットワークの挑戦
河野: 多くの企業からは、男性社員をどうやったらDEI推進活動に巻込めるかという相談を受けることがあります。栗原さんは自社で男性ネットワークを立ち上げられたとのことですが、どのように仲間を増やして活動されているのでしょうか。
栗原: 立ち上げた理由というのは繰り返しにはなりますが、J-Winでの活動を通じて、組織に根深く存在するOBNの課題と、その変革にはマジョリティである男性が主体的に取り組む必要性を強く感じたからです。
しかし、一人の力では限界があると考え、私をJ-Winに送り出してくれた上司と、グループのDEI推進メンバーに対し、デロイト トーマツ グループ内に男性も主体的にDEI推進に取り組むワーキンググループの設立が必要であることを熱意を持って提案しました。
J-Winにも快くご了承いただき、最初の1年は有志10名ほどのワーキンググループとして、社内の課題を共有する勉強会や小規模なワークショップからスタートしました。その活動が社内での共感を呼び、4期目を迎えた現在では、200名を超えるメンバーが参加するまでに成長しています。
当初は男性中心だった活動も、女性や外国籍のメンバーが積極的に加わるようになりました。多様な視点を取り入れた分科会形式で、勉強会やディスカッションによりDEIの課題を深く考察し、意識改革のための企画を実施し、その成果を社内イベントや対外的なセミナーなどを通じて発信しています。
©2025.For information, contact Deloitte Tohmatsu Group.
「自分ごと化」を促す、チョコパイとシーソーの視覚的アプローチ
河野: 男性ネットワークの活動では、メンバー一人ひとりがDEI推進、特に女性リーダー育成の必要性を深く理解し、自身の言葉で周囲に語りかけ、具体的な行動へと繋げていくことの重要性を伝えています。しかし、活動を進める中で、メンバーからは「DEIの重要性を自分ごととして捉え、共感してくれる人もいる一方で、どうしても他人事のように感じてしまう人もいる。どうすれば、より多くの人にこの問題を自分事として受け止めてもらえるのでしょうか」といった切実な相談が寄せられます。
長年にわたりDEI推進の最前線で活躍されてきた栗原さんだからこそお持ちの、人々の心を動かし、「自分ごと」として捉えてもらうための工夫や、具体的なアプローチについてお聞かせください。
栗原: 私自身も、DEIが重要だという認識はあったものの、具体的に何をすべきか「自分ごと」として捉えるまでには時間を要しました。特に、現状に大きな不満を感じていないマジョリティの男性にとって、行動を起こすことは容易ではないと感じています。
そこで私が試みたのは、ダイバーシティとインクルージョンの違いを、誰もがイメージしやすいチョコレートパイのスライドを使って説明することでした。
スライドの左側は、チョコレートパイをつくるために必要となる上質な材料です。これは多様な属性の人が集まっている状態を示しています。右側は材料がうまくミックスされ、調理されてチョコレートパイとして新たな価値が生まれたことを示しています。
多様な価値観を持つ人たちが集まり(ダイバーシティ)、それぞれの違いを認め合い、尊重し、共に働く(インクルージョン)ことによって、初めて組織としての一体感が生まれるというメッセージは、このチョコレートパイのスライドにより多くの人に腹落ちしてもらうことが出来ました。
©2025.For information, contact Deloitte Tohmatsu Group.
さらに、組織におけるマジョリティの役割を視覚的にわかりやすい、シーソーのイラスト紹介も活用しました。オールド・ボーイズ・ネットワークを理解しただけで満足し、「中立の立場」にいただけでは、これまでの格差を再生産するだけで何も変わりません。男性は意識しないとシーソーの中央に留まりがちですが、ほんの少しでも意識を変え、行動することで、全体のバランスが大きく変わり、組織全体がより良くなることを伝えました。
「自分には関係ない」と感じていた男性にも、「少しの意識の変化と行動で、組織全体のバランス改善に貢献できる」という点が伝わりやすく、それなら自分も何かできるかもしれないという前向きな声が増えてきました。
“コラム「子育てとジェンダー」(2022)“
もちろん、DEIに対する共感ポイントは人それぞれです。私のこれまでの経験では、このような視覚的なアプローチを用いることで、共感が広がり、「それなら一緒にやってみよう」という声が増えてきました。
河野: 栗原さんのお話しは具体例に富み、論理的で分かりやすいことなど、多くの男性ネットワークメンバーからも高い評価をいただいています。また、DEIを等身大の目線で捉えていらっしゃる点も、多くの方が共感する理由だと思います。
「公平」の先へ——「ビロンギング」という新たな視点
河野: ダイバーシティに関する議論の中で、「三つの野球場の絵」がよく用いられます。当初は堀の手前に低い箱を平等に置くというものでしたが、それでは野球が見えないという批判がありました。次に、違う高さの箱を用意して皆が見えるようにするという考えが出ましたが、今度は男性から「自分たちは大切にされていないのではないか」という声が上がっています。
©2025.For information, contact Deloitte Tohmatsu Group.
栗原: よくわかります。デロイト トーマツ グループでは最初から「金網の絵(右端のイラスト)」、つまりそもそも塀がない状態を目指すべきだと議論してきました。
下駄を履かせるという一時的な措置を強調しすぎると、反発が生まれるのは必然です。メッセージの発信の仕方は非常に重要だと改めて感じています。男性側からすると、「女性やマイノリティばかりが優遇され、自分たちは大切にされていないのではないか」という不満が生じやすいのだと思います。
誰にとっても公平な状態であり、誰もが疎外感を感じることなく、組織に所属していると感じられる「ビロンギング(Belonging)」の意識こそが重要だと考えています。
そして、バリアを取り除くという視点も重要です。例えば、働く場所や時間の柔軟性を高めることは、特定の属性の人だけでなく、すべての人が働きやすい環境に繋がります。
未来への種を蒔く — J-WIN男性ネットワークへのメッセージ
河野: 男性ネットワークの活動は今年で9年目に入ります。これから参加するメンバーやチェンジエージェントとなられたOBの皆さんへ、メッセージや思いがあればぜひお聞かせください。
栗原: 私が社内で男性ネットワーク(現DEI推進ネットワーク)を立ち上げてから3年が過ぎ、少しずつではありますが、他の企業さんからも組織の立ち上げや合同でのイベント開催などを相談されるようになってきました。多くの企業で男性ネットワークの活動が広がることで、「男性もDEI推進について考えるべきだ」という意識が社会全体に浸透していく兆しを感じています。
組織の立ち上げについて少しだけ補足させてください。私一人では、社内で男性ネットワークを始めることは到底できなかったと思っています。私の場合、社内のDEI推進部署のメンバーが、ワーキンググループの立ち上げから現在に至るまで、様々な面で手厚いサポートをしてくれています。また、当時のCTO(チーフ・タレント・オフィサー)が、この取り組みをデロイト トーマツ グループ独自の活動として盛り上げていこうと、共に旗を振り、さらには私の背中を力強く押し続けてくれたことも非常に大きかったと思います。
もしこの記事を読まれた方で社内の男性ネットワーク活動の立ち上げに悩んでいる方がいらっしゃれば、弊社の事例をぜひ紹介させていただければと思っています。ボトムアップだけで組織を大きく動かし、活動を継続していくことは非常に困難です。DEI推進を専門とするメンバーや、トップのリーダー層を巻き込むことで、より早く、持続的な活動に繋げることができるのではないでしょうか。
男性ネットワークメンバー、OBの皆さんには、「こんなに熱心に取り組んでいる企業があるなら、わが社でもやってみよう」と思っていただきたい。そして、共に活動する仲間が増え、共に未来を創っていけることを心から願っています。
河野: チェンジエージェントとしての活動、そのゴールの一つとして、DEI推進に男性が主体的に関与する組織づくりであることがよく理解できました。栗原さんのご経験が、J-Win会員企業を始めとする日本の多くの企業で取り入れられ、より公平で誰もが活躍できる未来へのヒントになると信じています。本日は貴重なお話、ありがとうございました。
栗原: 将来のために、みんなで一緒に日本を変えましょう!
ありがとうございました。
(インタビュアーはJ-Win企業支援部長 河野豊)
インタビュー後記
栗原さんは現在、ニューヨークにお住まいです。
昨年、奥様にニューヨーク駐在のお話があり、迷わず「君のキャリアのチャンスだ」と送り出した栗原さん。その後、会社の理解もあり、ご自身もニューヨークでの新たな生活を始めることになりました。もちろん最愛の二人の娘さんたちもご一緒です。
栗原健輔氏 PROFILE
有限責任監査法人トーマツ パートナー。公認会計士。
15年以上にわたり、上場企業等の会計監査やアドバイザリー業務に関与。
デロイト シンガポール事務所、デロイト タイ バンコク事務所に駐在し、日系クライアントに対して監査、税務、リスクアドバイザリーおよびコンサルティングなど、幅広い業務を提供。
メガバンクおよび大手銀行の監査業務執行社員を担当し、金融業界への深い知見とグローバル対応経験を有する。
また本業の傍ら、「企業の成長・経営戦略であるDEI領域はマジョリティ側も共に推進する必要がある」との思いから、組織におけるマジョリティ属性の代表例である男性の意識改革を通じたDEI加速を目的として、デロイト トーマツ グループの従業員主体の活動である「DEI推進ネットワーク(旧:男性ネットワーク)」を2022年に立ち上げる。
J-Win ダイバーシティ・アワード2024にて「リーダー・アワード」を受賞