トップインタビュー
2025年06月02日
[記事]第一生命保険株式会社 代表取締役社長 隅野 俊亮 氏

DE&Iは事業戦略そのもの 〜第一生命保険が挑む組織変革の現在地〜
- DE&Iは企業の中核戦略 多様な人生に寄り添う企業の挑戦
- 「社員ウェルビーイング向上委員会」から始める、誰もが自然体で働ける組織作り
- 経営視点を鍛え、女性の次世代リーダーを育てる
- 納得感ある評価と柔軟な制度で、多様な人材の成長を支える
- 「すべての人がマイノリティ」という発想から導くDE&Iの本質
DE&Iは企業の中核戦略 多様な人生に寄り添う企業の挑戦
横尾 御社では、DE&Iを単なる人材戦略ではなく、企業価値の向上を目指す事業戦略の一環として推進されていると伺っております。
まずは、御社が目指すDE&Iのあり方についてお聞かせいただけますでしょうか。
隅野 私たちはお客さま一人ひとりの人生や価値観、生活スタイルを理解し、その想いを次世代へとつないでいくことを使命としています。したがって、多様な生き方や価値観は、まさに当社ビジネスの根幹に位置づけられるものです。
DE&Iは人材戦略にとどまらず、当社にとっては事業戦略の中核であり、企業価値の向上や成長を実現する上で不可欠です。
国籍、ジェンダー、キャリアといった基本的な属性に加え、個々の価値観や趣味嗜好といった多様性にも目を向けながら、さまざまな取り組みを進めているところです。
横尾 社員の多くが営業職であり、そのうち97%が女性という点は御社ならではの特徴ですね。この構成比について、どう受け止めていらっしゃいますか。
隅野 当社における女性営業職員の比率が非常に高い背景には、戦後の日本社会における雇用の受け皿としての役割があります。第二次世界大戦後、生活に困窮する未亡人の方々が多くいる中で、国家的な要請にも応えるかたちで、当社は積極的に雇用を創出しました。
女性営業職員を中核とするモデルは、高度経済成長期において当社の成長を支える柱となり、強みとして確立されてきました。
一方で、管理職においては男性が大半を占め、女性が営業職以外でキャリアを積み上げ、昇進していく機会は限られていたのが実情です。
時代の変化とともに従来のあり方を見直すべき段階に来ています。性別を問わず、LGBTQ+の方々や外国籍の人材も、それぞれが持つ多様なバックグラウンドを活かしながら活躍できる組織でなければならないと考えています。
この数年でキャリア採用の比率は大きく上昇していますが、国籍の多様性という点では、まだ道半ばです。特に専門性の高い領域においては、国籍にとらわれることなく優秀な人材を確保することが、経営上の重要な課題になっていると認識しています。
「社員ウェルビーイング向上委員会」から始める、誰もが自然体で働ける組織作り
横尾 近年ではDE&Iと「ウェルビーイング」との関係性も重要視されています。この点についてはどのように捉えていらっしゃいますか。
隅野 私たちは「お客さまや地域社会のウェルビーイング向上」を標榜しています。
それを担う会社の構成員自身が、自らのウェルビーイングを高い水準で実感し、意識的に向き合っていなければ、本当の意味でお客さまに推薦できるものではありません。
ウェルビーイングという概念は一人ひとり異なる価値観や生きざまと結びつくものです。だからこそ経営としても、社員一人ひとりのウェルビーイングにしっかりと目を配り、それを高めるための環境やインフラを整えることが求められています。
さらに、それを受け入れ、支え合える組織文化、人材組織へと変えていくことが不可欠です。ウェルビーイングとDE&Iは密接不可分の関係にあり、当社が掲げる重点テーマの一つです。
こうした考えのもと、当社では「社員ウェルビーイング向上委員会」を中核委員会の一つとして設置し、社員のエンゲージメント向上やDE&Iの推進などに取り組んでいます。
横尾 ウェルビーイングに特化した委員会の設置は、他社ではまだあまり見られない御社ならではの取り組みですね。 ウェルビーイングを重視した人材戦略を進める中での課題はありますか。
隅野 DE&Iの対象はジェンダーに限らず、国籍やキャリア、バックグラウンドなど多岐にわたります。そうした多様な人材が入社後、ストレスなく自然体で働ける環境づくりという点では、まだ十分に整っていない部分が多くあると認識しています。
たとえば、イスラム教徒の方に向けたハラル対応の食堂や礼拝スペースは現時点で整備されていません。「対象者がいないから整えていない」という声もありますが、そもそも環境が整っていないことが、多様な人材の採用機会を狭めている可能性もあるのではないかと感じています。
こうしたインフラの整備とともに、社員一人ひとりが多様性を自然に受け入れられる意識醸成も重要です。
DE&Iの目的や意義が現場に腹落ちするよう、経営としても継続的にメッセージを発信していきたいと思っています。
経営視点を鍛え、女性の次世代リーダーを育てる
横尾 御社は生命保険という「人生そのもの」に向き合うビジネスを展開されており、長期的な視野で人に寄り添ってきた背景があります。DE&Iやウェルビーイングといった概念を社内に定着させていくための素地が、他社に比べて備わっているのではないでしょうか。
隅野 そうですね。当社では産休・育休制度や、いわゆる「イクメン」制度など女性社員が働きやすい環境づくりに早くから取り組んできました。
また、新たな施策として、産休・育休を取得する社員の業務をカバーする周囲の社員に対しても、一定の手当を支給する制度を今年10月から開始します。
こうした一連の対応は、他社と比較しても一歩先を行く内容であると考えています。
横尾 今後、女性リーダーや責任ある立場を担う女性のさらなる拡充に向けて、どのような方針や施策をお考えでしょうか。
隅野 現在、全社員に占める女性管理職の比率は約30%です。社会全体と比較すれば一定の水準にはありますが、チームを率い組織運営を担う「組織長」に限ると、約19%にとどまっています。今後はまず、この比率を30%まで引き上げることを目指しています。
これまでいくつかの施策を実施してきましたが、今期から新たなアプローチを取り入れました。リーダー育成プログラムとして、経営陣が実際に直面した複雑な経営課題を題材に、2件のケーススタディを用意し、「自分が経営者ならどう判断するか」という視点で参加者同士が議論する場を設けました。
ディスカッションは非常に活発で、実際の経営会議さながらの本質的な意見交換が交わされました。終了後には、「経営の視点で物事を考える経験ができ、視座が大きく上がった」との声も寄せられました。
重要なのは、性別に関係なく、リーダーに求められる思考力や視点を育む機会を提供することなのだと再認識する機会となりました。
納得感ある評価と柔軟な制度で、多様な成長を支える
横尾 非常に示唆に富んだ取り組みで、J-Winの女性活躍推進プログラムにも取り入れてみたいと感じました。
これまで人材戦略について幅広く伺ってまいりましたが、御社の「Myキャリア制度」や「グローバルジョブポスティング制度」についてもご紹介いただけますでしょうか。
隅野 まず「Myキャリア制度」ですが、これは社内公募によるポスティング制度です。各部署が人材を募集したいポストを明示し、その職責や求められるスキルなどを公開した上で、社員が自ら手を挙げて応募できる仕組みとなっています。
特徴的なのは、若手だけでなく、中堅・ベテラン層からの応募も多い点です。これは、幅広い世代で自律的なキャリア形成に対する意識が根づき始めている証だと感じています。
一方、「グローバルジョブポスティング制度」は、その Myキャリア制度のグローバル版と位置づけています。たとえば、ある地域でアクチュアリー(数理専門職)の人材が不足していれば、他国からの人材を募集するといった制度です。直近の実績では、26ポストに対して60名の応募があり、アメリカやオーストラリアを含む海外グループからも積極的な応募がありました。
横尾 ベテラン層の方々も積極的に手を挙げていらっしゃるというのは、正直少し驚きでした。社員一人ひとりの成長を促しながら、同時に納得感のある評価を行っていくうえで、どのような指標や仕組みを設計されているのでしょうか。
隅野 当社では数年前に人事制度を大幅に刷新し、その中心に「コンピテンシー評価」の概念を据えました。これは年齢や年功序列といった考え方を排し、個人の能力や資質、保有資格などを定量的に点数化し、その人が特定の職責に見合うかどうかを毎年評価する仕組みです。
社員にとっても、納得感のある評価が得られることで、自律的な成長意識が高まっていると実感しています。
さらに、直近の取り組みとしては、ホールディングスにおいて「ジョブ型人事制度」を段階的に導入しています。まずはジョブ型が適していると判断される部門や職種からスタートし、運用状況を見ながら徐々に拡張していく方針です。
横尾 段階的に導入されるとのことですが、御社にとって最適な形を模索されているのでしょうか。
隅野 おっしゃるとおりです。海外の制度をそのまま持ち込んで「これがジョブ型です」と適用してしまうのは、むしろ失敗につながりかねません。
たとえば、営業部門と契約審査や事務手続きを担うバックオフィス部門では業務の性質が大きく異なります。営業はもともと成果主義的な評価との親和性が高い一方で、バックオフィス部門は正確さや安定性が求められる仕事が多く、必ずしも個人ごとのジョブ設計が最適とは限りません。
こうした前提に立ち、どの部門に、どのような人材を、どのタイミングで導入するかを慎重に見極めながら進めているところです。
「すべての人がマイノリティ」という発想から導くDE&Iの本質
横尾 最後に、あらためてDE&I推進に対する経営トップとしてのお考えや決意をお聞かせいただけますでしょうか。
隅野 私自身の信念として「誰もが何らかのマイノリティ性を持っている」と考えています。
たとえば私は左利きなのですが、日常生活の中で不便を感じる場面が多くあります。券売機や改札など、社会インフラの多くは右利き用に設計されており、マイノリティであることのストレスや不条理さを実感しています。これまでの日本社会では、そうした不条理が見過ごされてきた側面もあったと思います。だからこそ、自分もまたマイノリティであるという視点を持ち、他者の境遇や立場に想像力を働かせることが、ダイバーシティ推進の第一歩だと信じています。
また、私は経営メッセージの中で常に「心理的安全性」と「相互リスペクト」という2つのキーワードを掲げています。前者は、組織全体で多様な意見が安心して交わされる土壌をつくること。後者は、個々の人間関係において、相手に敬意を持ち、たとえ意見が異なっても相手の立場を理解しようとする姿勢です。
この2つが実現されれば、ハラスメントのない健全な組織が育つはずです。その積み重ねこそが、DE&Iのあるべき姿だと考えています。
横尾 本日は貴重なお話をありがとうございました。DE&Iの推進に対する隅野社長の揺るぎない信念と熱意に、深く感銘を受けました。
インタビュアー : J-Win理事長 横尾敬介
インタビュー動画
インタビュー動画を下記をクリックし、再生してください。