トップインタビュー
2024年12月25日
[記事]多様性を超えて、個々が輝く未来へ
〜日本IBMが描く次世代リーダーシップと企業文化〜
日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長執行役員 山口 明夫氏
200年前の創業時から変わらない、多様性を重んじるIBMの企業文化
横尾 本日はどうぞよろしくお願い致します。
IBMは、多様な価値観を持つ人材が活躍するダイバーシティ分野の先駆者として、社会に貢献されています。まずは御社におけるD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の歴史や考え方についてお聞かせください。
山口 IBMの歴史を遡りますと、1800年代後半に前身の会社が事業を開始した頃には、依然としてアメリカでは人種差別が存在していました。しかし当時の経営者は、人種や性別を問わず、すべての人が能力を発揮できる企業を目指したいという強い信念を持っていました。
事業を成長させるためには、より革新的なものを生み出さなければならない、そのためにはより多くの人材を採用しなければならないとの考えからです。「特定の人種や性別に限定せず、すべての人々に門戸を開き、共に働く」という考え方は、その時から始まっています。
横尾 1800年代といえば日本では明治時代にあたりますが、その頃からすでに現在の理念や価値観に基づいて企業運営を行っていたというのは、非常に素晴らしいですね。
御社では、世界170カ国以上で28万人を超える社員が「IBMコーポレートポリシー」を共有し、いつでも確認できる仕組みが整えられていると伺いました。
山口 弊社には「ポリシーレター」というものが存在しており、CEOに就任する際にはこれに署名することが一つの伝統となっています。この中には、人種、性別、障がいの有無にかかわらず、全ての従業員が輝ける企業文化を継続的に醸成していくことにトップがコミットするという内容が含まれます。全従業員に公開されているため、心理的な安心感や安全性を提供し、前向きに仕事ができるようサポートできるものだと考えています
日本IBMが直面した文化と価値観のギャップ、国ごとの違いをどう乗り越えるか
横尾 IBM全体として多様性を重視する文化が根付いていたとのことですが、当時、日本国内の現場で直面した具体的な課題とは、どのようなものがあったのでしょうか。
山口 先述のとおり、IBM全体としては創業以来ポリシーレターに基づいて経営を行ってきましたが、私が入社した当初、日本ではまだ男女雇用機会均等法が施行されていませんでした。その後1986年の法施行に伴い、日本国内でもさまざまな改革が必要だという認識が強まってきました。
日本においても、アメリカや世界のベストプラクティスを取り入れることは有効ではあるものの、実際に現場で働く特に女性社員からは、「言っていることは正しいが、現場では異なる課題が存在している」という声が上がっていました。そのため、当面の課題を経営層や人事部と共有し、今後の対応を考えるためのチームが発足しました。
横尾 それはやはり、本国アメリカと日本では、文化や価値観に大きな違いがあったということでしょうか。
山口 IBM全体としては多様性を重んじる考え方が根付いていたものの、やはり国ごとの文化や慣習、法律とのギャップがあり、現場で働く中でさまざまな課題が出ていました。こうした課題に対して、どのように解決策を提供できるかというのが重要なポイントとなっていました。
女性活躍推進の鍵は、「マネジメント職への理解促進」と「チャレンジを後押しするサポート」
横尾 山口さんが社長に就任されたのは、2019年の5月1日ですね。 経営トップになった際に、D&Iの推進において就任前と印象が変わった点はありましたか?
山口 就任前には、日本IBMとしてビジネスに焦点をあて成績を伸ばすことに多くの意識が向いており、そのためD&Iへの取り組みの優先順位が低くなっているように感じていました。
しかし、本来どちらかが優先されるべきではなく、両方をしっかりと進めていくことがIBMの基本的な考え方です。そのため、社長に就任した後には、D&Iの取り組みについて積極的にメッセージを発信するようにしました。また現在に至るまで、働き方改革やさまざまなプログラムに関して、積極的に議論を重ねているところです。
横尾 御社では、女性が輝ける職場環境の実現に向けたさまざまな取り組みを推進していらっしゃいます。一方で、最近では男女問わず管理職を希望しない方が増えていると耳にしますが、意識改革の必要性などは感じていらっしゃいますか?
山口 意識改革というと、少し大げさに聞こえるかもしれませんが、社員の価値観が多様化し、20〜30年前とは状況が大きく変わっています。そもそもキャリアの目標としてマネジメント職を目指さないという方もいれば、なりたい気持ちはあるものの、プレッシャーやワークロードの重さから敬遠する方も少なくありません。
そのため、まずは「マネージャー」という役職がどのようなものか、具体的に理解してもらうことが重要だと考えています。どのような楽しさややりがいがあるのか、そしてどのような大変さがあるのか。こうした情報をオープンに共有し、納得したうえで挑戦してもらうことが大切だと考えています。
このような背景のもと、私たちは女性向けに「W50プログラム」を発表しました。このプログラムは約半年間の期間で、女性社員がマネジメントに挑戦するための支援を行うものです。
役員や先輩社員が自分自身の経験をもとにマネジメントの仕事の現実を伝え、具体的なアドバイスやコーチングを提供しながら、「マネジメントに挑戦してみてはどうか」という後押しを行っています。
横尾 「W50プログラム」は、日本IBMの特色が表れている素晴らしい取り組みだと感じます。 近年、管理職に対する抵抗感は多くの企業で共通の課題となっており、特に日本企業に関してはその傾向が強いようです。その解決策の一つとして御社の取り組みが参考になりそうです。
山口 社員にマネジメントのポジションを打診すると、「自分にはあのような働き方はできない」と躊躇される方がいます。例えば、「毎晩の接待や週末のゴルフは無理です」とか「子どもがいるので出張が難しいです」といった声を聞くことがあります。しかし、企業としては、必ずしもそのような働き方を求めているわけではありません。
私たちが大切にしているのは、それぞれの社員が自分らしいやり方で職責を果たしてもらうことです。誰もが同じ働き方をするのではなく、各自が自分に合った方法で役割を果たすことが認められる環境を作ることが、これからのマネジメントには重要だと考えています。
多様性を組織に根付かせるために、リーダーが果たすべき役割とは
横尾 企業文化についてお伺いしたいのですが、特に男性が中心となって作り上げた特有の文化や風土が組織内に深く根付いているケースが多いかと思います。私自身もD&Iに取り組む中で感じるのですが、少しでも気を緩めると、すぐに従来のやり方に戻ってしまうことが多々あります。こうした壁の一つとなっている「組織の同質性の高さ」については、どのようにお考えでしょうか?
山口 性別だけでなく、国籍などさまざまな背景を持つ人々がいる中で、どうしても同質的な人たちと一緒にいる方が楽だと感じることが多いのではないでしょうか。異なる価値観を持つ人々と話すことで得られるものは多いですが、その壁を越えていくにはエネルギーが必要です。人間はどうしても楽な方に流れてしまいがちで、結果的に元の状態に戻ってしまうことがあると思います。
だからこそ、リーダーや経営者はその流れに抗い、多様性が組織にしっかりと根付くよう対応する必要があります。そして、日本では「男性が働き、女性が家庭を守る」という昭和的なモデルや、終身雇用制度といった社会の仕組みが依然として残っていることも大きな要因だと考えます。この2点が、今後の課題として注目すべき点だと思います。
横尾 先日、年金制度の見直しに関する概算を見ていて感じたのは、結局昭和世代の家族構成を前提にしている点です。これでは現状に合っておらず、見直しが必要だと感じました。
山口 おっしゃる通り、人材の流動化や個人が主体的に働く時代において、年金制度や退職金制度も見直しが必要だと思います。現状では、長く同じ会社で働いた方がメリットを得る仕組みになっています。しかし、人材の流動化を進めるべきだという議論が進み、さまざまな分野で検討がなされているので、その過程でD&Iに関する考え方も大きく変わってくるのではないかと期待しています。
目指すは、ダイバーシティの先にある「個人が自分らしく働ける未来」
横尾 ここまで話を伺ってきて、日本IBMでは、山口社長のトップコミットメントのもと、社員が主体的にD&Iの推進に取り組んでいることが理解できました。
御社がこれから目指すビジョンや展望などがあれば、ご教示いただけますでしょうか?
山口 最終的には、「ダイバーシティ」や「インクルージョン」といった言葉が不要になる世界が理想だと考えています。D&Iは、性別や属性の問題ではなく、最終的には「個々人がどのように生き、輝いて働けるか」というところに行き着くと思っています。
また、個人のライフステージによって働き方や条件も変わってきます。例えば、20〜30代は精力的に働けても、40代には病気を経験することもあるでしょうし、60代になれば両親の介護が必要になるかもしれません。そうした多面的な要素を踏まえて、誰もがその時々に合わせた働き方を実現できる環境を提供できる企業を目指しています。
J-Win CEO会議における多様性の実現には、女性リーダーのさらなる増加が鍵
横尾 最後にJ-Winの活動についても少しお聞かせいただければと思います。先日CEO会議が開催され、J-Win Executiveネットワークの女性役員の方々にご参加いただきました。非常に活発な議論が展開され、参加者からも好評だったようです。
J-WinのCEO会議に対して、今後求めるものや、さらに工夫できる点があればお聞かせいただけますでしょうか?
山口 CEO会議にはもう2年ほど参加させていただいていますが、各企業の発表もこの2年間で内容が大きく変わってきており、日本全体としての流れの変化を感じています。他社の取り組みをお聞きして「ここまで進んでいるのか」と驚かされることも多く、非常に多くのことを学ばせていただいています。
最近では、役員や人事の視点だけでなく、現場の女性社員を交えた議論が行われており、非常に良いアイデアだと思います。役員や上層部が考えていることと、現場で実際に苦労していることを共有し合うことで、より実効性のあるアイデアが生まれるのではないでしょうか。
横尾 ありがとうございます。私が強く感じているのは、会議自体の多様性がまだ十分ではないということです。先日ようやくNTTテクノクロスの岡社長に参加いただきましたが、まだまだ女性リーダーの数が少ないのが現実です。
今後、女性の社長やリーダーがさらに増えることが重要だと感じています。
山口 そうですね。CEO会議の参加者も男女同数くらいになり、より多様な視点が加わるようになれば、組織全体としても大きな変化が期待できるのではないでしょうか。
横尾 すぐに実現できることではないかもしれませんが、一歩ずつ確実に進んでいきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
インタビュアー : J-Win理事長 横尾敬介