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2024年11月05日

[記事]企業変革を成功に導くための、ダイバーシティ エクイティ&インクルージョン推進戦略
株式会社商工組合中央金庫
代表取締役社長 関根正裕氏

企業変革から学ぶDE&Iの重要性と推進戦略

横尾 本日はどうぞよろしくお願いします。関根社長はこれまで数多くの企業で企業変革に携わってきたご経験をお持ちですが、ダイバーシティ エクイティ&インクルージョン(以下DE&I)の意義と重要性についてお話しいただけますでしょうか?

関根 私が新卒で入社したのは第一勧業銀行(現みずほ銀行)です。入社当初は営業店で融資業務を担当していましたが、入社10年目に広報部に異動になりました。当時、世の中はバブル経済のピークを迎えていましたが、その後経済は急速に悪化し、第一勧業銀行でも不良債権問題など多くの経済的課題に直面しました。
広報部には通算約10年間在籍しましたが、その間、多くの不祥事対応に追われ、1997年には刑事訴訟に発展した総会屋事件も経験しました。

また、その後に出向・転籍した西武グループでも、有価証券報告書虚偽記載による上場廃止など大きな不祥事が発生していました。グループの再生に携わる中で、さまざまな企業文化や組織風土の問題に直面しました。

2018年には商工中金の社長に就任しましたが、その直前の2016年には、会社の根幹を揺るがす危機対応業務に係る不正事案が発生したばかりでした。ここでも、企業文化や組織風土に問題があり、それが不正の根本原因であると考えました。

横尾 さまざまな企業で不祥事対応と企業変革のスペシャリストとしてご活躍されてきたのですね。これらの企業に共通して見られる問題として、具体的にはどのような点があったのでしょうか?

関根 1つには「同質性の高さ」が挙げられます。同質性が高い組織は、皆が同じ方向を向いている時には大きな力を発揮しますが、誤った方向に進むと修正が効かないというリスクがあります。また、多面的な視点が不足しているために異論をとなえにくく、誤りに気づかない場合もあります。したがって、DE&Iの推進は組織の活性化や競争力の強化のみならず、コンプライアンス上の観点からも非常に重要だと考えています。

横尾 多様性に欠ける企業は、不祥事を起こすリスクが高くなりやすいということなのですね。

関根 そう思います。商工中金における女性の活躍推進は、当時は十分に行われていませんでしたが、私は女性活躍推進を重要な経営戦略として位置づけました。社員は性別を問わず誰もが、「組織に貢献したい」、「自己成長したい」という強い思いを持っています。そのような機会を提供するためには、DE&Iの推進が不可欠な施策だと考えています。

DE&I推進に不可欠な「風通しの良い組織」とは

横尾 具体的にはどのような取り組みをされているのですか?

関根 DE&Iを推進するためには、まず風通しの良い組織作りが重要です。意見交換が自由にできない環境では、DE&Iを導入しても形だけのものになってしまいます。そのため、組織の基盤として心理的安全性を確保することが最も重要だと考えています。また、社員が自ら考えて行動する文化を育てることも大切です。

具体的にはまず、本部による営業店への目標の設定を廃止しました。営業店には数値目標がありましたが、それもすべて撤廃し、各営業店が自主的に計画を立てる方式に変更しました。商工中金は全国47都道府県に約100の店舗がありますが、地域ごとに産業構造や特性が異なります。そのため、本部が一律に目標を設定することは適切ではないと判断しました。

横尾 地域特性に合わせた業務運営を行うことで、よりお客さまのニーズに沿ったサービスを提供できるのですね。

関根 その通りです。そのため、営業店の計画は、支店長や次長などの管理職だけで決めるのではなく、営業担当者や地元採用の社員も参加して策定しています。地元採用の社員は、地域をよく理解し、地元に貢献したいという強い思いを持っています。営業店一丸となって計画を作ることにより、対話が生まれ、コミュニケーションが活性化されます。

また、営業店長会議では私は数字や業績の話はほとんどせず、主にマネジメントについて話しています。上司の仕事は、いかに部下を育てて成長させるかであり、明るく前向きにやりがいを持って働ける環境を作ることが重要です。

私が社長に就任した際には、厳しい数値目標が課されており、それを達成することが最重要視されていました。本来であれば、お客さまの役に立つことが目的なのに、会社の業績を達成することが目的化してしまっていたのです。そのような企業文化を変える過程で、コミュニケーションの活性化やDE&Iの重要性を強調する取り組みを行ってきました。

企業風土変革の鍵は、リーダーの継続的な「情報発信」と「対話」

横尾 関根社長の情熱が、企業風土や文化を良い方向へと変えていったのですね。その情熱がすべての社員に伝わっているのか、不安に感じることはありませんか?

関根 一度にすべての社員に伝わることは難しいです。むしろ、地道に時間をかけて継続的に行うことが重要だと思っています。例えば、社長に就任してすぐにブログを書き始めました。社内のイントラネットで公開していて、毎週必ず1200~1500文字程度の記事を書いています。

横尾 毎週続けるのは大変ですね。どのような内容を書かれているのですか?

関根 内容は多岐にわたりますが、基本的には自分の考えを社員に理解し、共感してもらうことが目的です。すぐに全員が理解してくれるわけではありませんが、少しずつ共感する人が増え、その人たちがインフルエンサーとして組織全体に広げていくことを目指しています。

横尾 継続的に発信し続けることが重要ですね。それによって組織の風土が変わっていくことを実感されているのでしょうか?

関根 少しずつですが確実に変わってきていると感じています。営業店を訪れる際には、必ず社員との意見交換会を行っています。その際、管理職は参加せず、心理的安全性を確保するようにしています。誰が何を言ったかは上司にも人事部門にも伝えないと約束し、社員たちには率直に思っていることを自由に話してもらいます。この取り組みは、営業店に行くたびに必ず行っています。

コロナ禍では訪問が難しかったため、オンラインで「社長・課長ガチ対談」を開催し、回を分けて計45名の課長と1時間半ほど対話をしました。こうした直接的な交流の時間を増やし、社員の考えを聞きながら、自分の考えを伝え続けることをしています。組織の風土や文化を変えるには時間がかかりますが、地道な取り組みの積み重ねが大切です。

社員一人ひとりの「マイパーパス」が組織の一体感を高める

横尾 継続的なDE&I推進の中で、他にはどのような取り組みを行っているのですか?

関根 会社の「パーパス(存在意義)」を全社員で議論し、作り上げました。さらに、パーパスを組織全体に浸透させるために、社員一人ひとりが会社のパーパスと自分の価値観が重なり合う部分=「マイパーパス」も策定しています。まず、自分の大切にする価値観を振り返り、それをグループワークでディスカッションすることで、他者の価値観を理解する機会を設けました。このような活動を通じて、互いの価値観を尊重する文化を育み、DE&Iの意識を深めていくことを目指しています。

横尾 社員それぞれが自分の価値観を見直し、他者の価値観を尊重することが、組織の一体感を高めるのでしょうね。ちなみに、社長ご自身の「マイパーパス」はありますか?

関根 私自身もグループディスカッションに参加し、社員と同じように自分の価値観や思いを共有しました。その中で、新入社員から「それってお父さんみたいですね」と言われたことが印象的でした。私は、社員一人ひとりが「実りある人生を歩んでほしい」「幸せになってほしい」と考えており、その環境を実現することが役割だと考えています。そのような姿勢が「父親」のように感じられたのかもしれません。そこで「全ての社員の良き父となる」をマイパーパスにし、社員にも公開しています。

横尾 社長のそのような姿勢が、社員との距離感を近づけているのですね。

関根 やはり、風通しの良い組織を作るためには、上司と部下の目線を合わせることが重要です。上から指示を出すのではなく、社員一人ひとりの声をしっかりと受け止め、意見を尊重する姿勢が求められます。ブログを通じて社員にメッセージを伝える際も、難しい言葉を使わず、日常的な言葉で書くよう心がけています。ブログを読んだ社員から感想をもらった際は必ず返信し、本音で意見を交わせるようにしています。

多様性が進むことで、組織が活性化する

横尾 最後になりますが、DE&Iの推進については一朝一夕で結果が出るものではないと思いますが、これまでの成果をどのように実感されていますか?

関根 私だけでなく、社員たちもその成果を非常に実感していると思います。会社としても育児と仕事の両立に関するインフラ整備を進め、女性がより積極的に活躍できる環境を整えてきたので、活き活きと働く女性が目に見えて増えました。

また、一般職と総合職の区別をなくしたことで、女性の活躍の場がさらに広がり、やりがいを感じている社員も多いです。女性の採用も増加しており、様々な場面で女性が活躍しています。さらに、キャリア採用も進めており、金融機関だけでなく、弁護士や会計士、メーカー、IT企業出身のキャリア人材も採用しています。こうした多様なバックグラウンドを持つ人材が加わることで、組織全体に刺激を与え、活性化につながっています。

この6年間で、かなり成果が出ており、企業文化も随分と変わってきたと感じています。

横尾 多様性が組織に与える影響は大きいですね。
私自身、20年以上にわたってDE&Iの推進をライフワークとして取り組んできましたが、関根社長の話を聞いて、改めて日本の社会を大きく変革する力になると感じています。

関根 同感です。我が社のパーパスは「企業の未来を支えていく。日本を変化につよくする。」です。DE&Iがなければ変化に強い組織にはなれませんので、これからも推進を続けていきたいと思います。

インタビュー終了後、関根社長に伺いました

横尾 J-Win CEO会議に参加いただいたご感想などがあればお聞きしたいのですが?

関根 今年度から参加したばかりですが、CEO会議は非常に刺激的で参考になります。商工中金でのDE&I推進は、まだ始まったばかりの段階です。一度にすべてをやろうとしても成功しないので、他の企業の取り組みを参考にしながら、段階を踏んで進めていくことが大切だと思います。CEO会議を通じて得たインプットを、自社の状況に応じて取り入れていくことができるのは非常にありがたいですね。

横尾 皆さんお忙しい方ばかりなので、限られた時間の中で効果的に取り組むためにどうすればよいか、何にフォーカスすべきか、常に試行錯誤しています。

関根 今はメンバーの発表と意見交換がメインですが、外部の方や若手を招いて意見を聞くような機会を増やしても良いのではないでしょうか。また、実際に活躍されている女性メンバーの話も直接聞いてみたいです。キャリアの中でどのような思いがあったのか、どんな苦労を乗り越えてきたのかなどを聞くことで、今後の社員育成の参考にしたいと思います。

インタビュアー : J-Win理事長 横尾敬介

インタビュー動画