トップインタビュー
2023年02月24日
「内永ゆか子のTOP INTERVIEW」第41回を掲載しました
ダイバーシティはイノベーションを起こす手段
三井住友信託銀行株式会社 取締役社長 大山一也氏
パーパスがあれば、主体的に行動できる
内永 「2022 J-Winダイバーシティ・アワード」ベーシックアチーブメント準大賞の受賞、おめでとうございます。授賞式のご挨拶では「会社をダメにする経営者は、生え抜き、ドメスティック、おっさんで、私はこの3 拍子が揃った社長。だからこそさまざまな決定の場において多様性を確保しなければと考えている」とお話しされています。どうやってダイバーシティを社内に広げようとされたのでしょうか。
大山 当社はもともと女性が活躍していましたし、旧住友信託銀行は、大手行で最初に中途採用を始めた会社です。人権啓発研修もしっかり実施していますし、全営業店舗で障がい者の方を採用し、健常者と共に働いています。私が人事部長だった2016年に、社内でD&I推進室を設置しようという話が持ち上がったときも、せっかくなら形だけに終わらないものにしようと思いました。現場を巻き込んでD&Iをさらに推進するため、各事業統括部の次長をD&I推進室兼務とし、月1回の頻度で会議を行い、各事業部の事例を共有しています。お互いに刺激を受けて、取り組みが広がっています。
内永 御社では、既にダイバーシティを包摂する企業風土があり、大山社長が立ち上げたD&I推進室が加速させているわけですね。他にはどのような取り組みをされてきましたか。
大山 過去を振り返りますと、2012年に住友信託銀行、中央三井信託銀行、中央三井アセット信託銀行の3社が合併した際、経営理念を作り、多様性こそが我々の付加価値であるということを、ミッション・ビジョン・バリューに刻みました。信託銀行は、さまざまな委託者に合わせたサービスを提供していますが、お客様の思いを理解するためには、私たちも多様な価値観を持たなければなりません。そして、お客様の課題を解決するサービスの多様性も必要です。私たちには、2つの面で多様性があります。
内永 大山社長は、お若いころから多様性を大切にされてきたのでしょうか。
大山 信託銀行に入行する人は、銀行業務だけでなく信託業務や不動産業務など、業務の多彩さに興味を持っています。私もその多様性に魅力を感じていました。ただし、入社後に一つの事業で育ってしまうと、そのことしか考えられなくなってしまい、同質性は避けられません。縦割りの文化を解消するのは難しく、多様性は常に意識していないと確保できないものです。だからこそ、我々の原点として経営理念に示したいと思いました。
そのミッション・ビジョン・バリューは完成形だと思っていたのですが、ある研修で、外部講師から「お客様に自分の会社が何のために存在するのかを伝えられますか」と問われ、当社社員が「トータルソリューション」や「専門性と総合力」と回答したところ「、そんなことをお客様に言って、刺さりますか?」とおっしゃるのを聞いて、はっとしました。WhatやHowではなく、Whyが重要だと。そこで、パーパス(存在意義)を「信託の力で、新たな価値を創造し、お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる」と定義しました。
なぜそれをやるのか腹落ちさせないと、人間は主体的に行動できません。内側に問いかけることは非常に大切だと思います。不透明な時代では、一人ひとりのよりどころが必要です。
内永 一人ひとりに腹落ちさせることが主体的な行動へとつながるということですね。パーパスについては社内へどのように浸透させたのですか。
大山 2021年4月に社長就任して以降、オンラインで各回400 ~ 500人の社員を集めて、パーパスを設定した経緯を説明し、質疑応答と感想を述べてもらう1時間の「社長キャラバン」を合計26回実施しました。
内永 その後、社内に変化は生まれましたか。
大山 経営陣も、ある意味覚悟が決まりました。きれいごとだと思われないよう、本気度を示すために意思決定が早くなり、さまざまな施策を展開する原動力になりました。
多様性は苦労して確保するもの
内永 少し話を戻しまして、大山社長がお考えになる多様性について、もう少しお聞きしたいです。
大山 中期経営計画では、パーパスの設定と同時に、「社会的価値創出と経済的価値創出の両立」を経営の根幹として掲げました。
言い換えると、社会課題を解決することで経済的にもリターンを出さないと持続的な成長はないということです。社会課題は解決できずに放置されてきたことですから、既存の発想では解決できず、イノベーションが必要です。イノベーションは、異質なものの結合によって生まれるので、多様性が必要です。逆を言えば、同質化はリスクですね。
内永 「Japan as No.1」と言われていた時代は、同じビジネスモデルを繰り返しながら高品質と効率性を目指していたので、そこでは同質性が求められていました。現在のように変化が激しい事業環境では、同質であることが逆に足を引っ張りますね。
大山 そもそもホモ・サピエンスの進化は、人に共感する力、集団で行動する力があったからだと思います。組織がうまく回っていればいるほど、あうんの呼吸やアイコンタクトといった、ハイコンテクストの文化が醸成されますが、その陰で次のリスクが潜んでいます。ですから、常に新しいものを取り入れる努力をしないと生き残れません。多様性は苦労しないと確保できないものだと思います。
内永 その通りですね。以前、アメリカの企業を訪問した際に、「ダイバーシティを本気で進めようとするなら、バックグラウンドも考え方も違う人材を集めて、ゴツゴツと議論し、居心地の悪い組織でなければならない」と言われました。新しい試みを検討するときは、チームワークとは程遠く、喧嘩ばかりになるそうです。違いを受け入れて、合意形成をするヒントはありますか。
大山 当社の会議体の中で、もっとも多様性があるのはホールディングスの取締役会です。15人中7人が銀行業務の経験がない社外の方なので、経営戦略を理解して納得していただくのは大変です。でもそのおかげで我々は鍛えられています。意思決定の場に多様性を確保しておかないと、知らぬ間に間違った判断をしてしまいます。ですから執行役員の女性2名にも経営会議に入ってもらっています。
内永 それは素晴らしいですね。ダイバーシティはジェンダーの問題だと捉えられがちですが、目的は事業活動におけるリスク回避とイノベーションを起こすことです。
大山 そうですね。D&Iは目的ではなく手段です。
内永 企業内で多様性を確保するためにマイノリティを活用する。もっともリスクが少なく、成功率が高いのが女性なのです。意思決定層への女性登用は企業を元気にするための手段です。オールド・ボーイズ・ネットワークについてはどう思われますか。
大山 問題なのは、オールド・ボーイズ・ネットワークがあることに気づいていない方がいることですね。アンコンシャス・バイアスと言うほうが腹落ちします。
内永 決して男性を責めているわけではありませんが、組織で仕事を進めるために大切な教育や暗黙知が、オールド・ボーイズ・ネットワークの中でしか共有されず、マイノリティである女性には伝えられていないことに気づいてほしいですね。
気軽に相談しやすい斜めの関係を
内永 J-Winを設立して15年が経ちました。J-Winの卒業生は約6000人に上り、中には役員になっている方もたくさんいます。
大山 当社の女性の社外取締役は、ほぼ全員J-Winの卒業生です。
内永 それはうれしいですね。でも、上の役職に上がりたくないと考える女性たちもいます。そのことについてメッセージはありますか。
大山 当行では、2030年までに店部長クラスの30%を女性にするという目標があります。そのために、将来の役員、店部長候補の女性社員を対象とした「サポーター役員制度」を設けました。さまざまな経験を補完し、知識や視座の習得、人脈の形成をサポートしています。サポートする役員はラインではなく斜めの関係なので、相談もしやすいようです。
内永 女性管理職を増やすために超特急で役職が上がると、経験値が少ないため、線が細くてスコープが狭いという課題を抱えてしまいます。J-Winでも「今さら聞けないセミナー」などの知識面でのサポートや、人間力を鍛えるメンタリングなどを設けています。
J-Winに対して、何かお気づきの点があればご指摘ください。
大山 ダイバーシティがここまで浸透してきたのは、J-Winの功績も大きいのではないでしょうか。J-Winダイバーシティ・アワードは、受賞するとメンバーの励みにもなりますし、相対的な位置を確認できます。また、「CEO会議」は企業のトップの皆さんとざっくばらんにお話しできる貴重な機会だと思います。ただ、男性ばかりなのでどうなのかとは思いますね(笑)。
内永 CEO会議では、人事制度のお話も出ていましたが、メンバーシップ型からジョブ型への流れについてはどう思われますか。
大山 ジョブ型が向いている職種とそうでない職種があると思います。トップになるなら、自分の業務を超えていくことも必要ですよね。サッカーで言うと、昔のドイツのようにポジションで役割が固定されているのではなく、スペインのように戦局に応じて動きを変えられるジョブ型ならいいと思います。
内永 そうですね。私が経験してきたジョブ型もスペインに近かったと思います。ただ一つ言えるのは、組織内のマイノリティである女性が頑張ろうとするとき、ジョブ型で自分が何を求められているのかが明示されているほうが、やりやすいかもしれません。
今日は大山社長の価値観や発想の仕方とともに、本気でD&Iを推進するためのリーダーシップのあり方についてもお話しいただきました。ぜひ今後もご指導ください。ありがとうございました。
PROFILE
大山 一也 氏(おおやまかずや)氏 三井住友信託銀行株式会社 取締役社長
1988年京都大学法学部卒業後、同年住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)入行。2015年執行役員、人事、経営企画の要職を歴任。2017年常務執行役員、2019年取締役。2021年4月三井住友信託銀行取締役社長(現職)。2021年6月三井住友トラスト・ホールディングス取締役執行役(現職)。
内永ゆか子(うちながゆかこ) NPO法人 J-Win 理事長
1971年東京大学理学部物理学科卒業後、日本IBM入社。 1995年取締役就任。2000年常務取締役ソフトウェア開発研究所長。2004年4月取締役専務執行役員。2007年4月NPO法人J-Winを設立し、理事長に就任。2008年4月ベネッセホールディングス取締役副社長、並びにベルリッツコーポレーション会長兼社長兼CEOを経て、2013年6月ベルリッツコーポレーション名誉会長を退任。