Executiveネットワーク

開催日:2022年06月21日

「Executive ネットワーク 6月度定例会」を開催しました

2022JEN6月定例会

6月21日、2022年度の第2回目となるJ-Win Executive ネットワークを会場(グランドヒル市ヶ谷)とオンラインによるハイブリッド形式で開催しました。会場参加40名、WEB参加21名、合計61名が参加されました。

今回の定例会は研究会活動状況の報告に続き、第30代日本銀行総裁で、現在は青山学院大学特別招聘教授であるJ-Win理事の白川 方明氏をお迎えし、「グローバル化の現在と将来」についてご講演いただきました。

講演 「グローバル化の現在と将来」
元日本銀行総裁 青山学院大学特別招聘教授
白川 方明氏

私は民間企業での経験はありませんが、中央銀行で感じてきたグローバル化についての話が、女性Executiveの皆さんにとってお役に立てば幸いです。

<1>経済・金融のグローバル化の進展

白川方明氏「財・サービス、資本、人、情報の国境を跨ぐ移動が活発になる現象」とグローバル化を定義して話を進めます。
グローバル化が進展する主な要因は、「情報通信革命をはじめとしたテクノロジーの発達を背景とする移動コストの低下」と「社会主義諸国の市場経済への参入による賃金コストの低下」の2つです。
これらにより1990年以降、国際貿易が著しく拡大しました。
最適な場所での生産が進み、グローバル・サプライチェーンが拡大しました。それだけでなく、過去30年間、財・サービスの国際貿易以上に資本の移動が急速に拡大し、ストックベースでGDP比率300%まで増加しました。外国為替市場も取引金額が約7兆ドルと、21世紀初頭の6倍にまでなりました。
主要先進国の移民人口比率も増加し、グローバルの情報データ量も爆発的に増加しています。

<2>最近における反グローバル化の動き

2008年のリーマン危機以降、グローバル化の後退現象も波状的に生じています。
1ラウンド目は、グローバル金融危機がきっかけで、グローバル化の行き過ぎへの懸念が高まりました。EUでシリア難民が大量流入し、イギリスではEUからの離脱が生じました。トランプ大統領の誕生後はり米中の貿易・投資摩擦が激化し、グローバル・サプライチェーンの見直しの動きも生じています。さらに、近年はデータの囲い込み現象も起きています。
2ラウンド目はコロナ危機です。医療器具・医薬品の国内囲い込みが起きました。
3ラウンド目はロシアのウクライナへの侵攻とそれに対する経済制裁です。
アメリカは友好国によるサプライチェーン(friend-shoring)を提唱しはじめています。どれもグローバル化の逆回転を示しています。その背景にある理由は複合的ですが、グローバル化により、所得や資産分配が不平等になっていることの影響は大きいと思われます。世界全体では不平等度は低下していますが、各国の中での不平等度は拡大していて、反グローバル感情が高まる原因となっています。基本的に人の意識はナショナルにあり、超グローバル化は現実的とは言えません。
一方で、コロナのワクチンが早期開発できたのもグローバル化の賜物であり、グローバル化には大きなメリットがあることを忘れてはなりません。

グローバル化/反グローバル化の動きにどう対応すべきかは、難しい問題です。グローバル化の便益をしっかりと認識し、グローバルなルールの整備に努力する一方で、グローバル化の行き過ぎに対しては是正措置を講じていくという、両面作戦が必要です。例えば、気候変動や金融規制・監督などに対してはグローバルに、所得・資産の再分配のためには、税率引き下げの国際競争に歯止めをかけるというようなことが挙げられます。

<3>グローバル化した現実への対応:金融危機の例

グローバル化の進展に伴い、中央銀行は困難な課題に直面しています。金融取引の爆発的な増大により一部の金融機関の規模は巨大化し、国家をも上回るようになっています。マイクロソフト、アップル、アマゾン、フェイスブックといったテック企業も金融の世界に進出していますが、こうした企業は巨大化し、金融機関の時価総額をはるかに上回るようになりました。「世界中央銀行」や「世界規制当局」は存在しないため、各国の中央銀行が協力しながら、金融のグローバル化が引き起こす問題に対応するしかありません。

リーマンショックによるドル・スワップの導入、外国為替決済の時差リスク解消、国際的に活動している金融機関の最低自己資本比率引き上げなどは、通貨・金融の領域でのグローバルな協力体制がうまく機能した一例です。

<4>グローバル・ガバナンスの現状

グローバル化の下での政治・経済はトリレンマを抱えています。望ましいと考えられる3つの目標である、「国家主権」「民主主義」「グローバル化」のうち、1つは断念せざるを得ないからです。 日本は世界で最初にゼロ金利政策や量的緩和を導入しましたが、2008年以降は多くの国が同じ状態に陥っています。低金利は当面の景気浮揚には効果はあっても、長期化すると効果は減衰する一方、債務過剰となり、潜在的なリスク要因が増えて世界全体が不安定になります。各国の金融緩和はゼロサム・ゲームの性格を帯び、その帰結として世界的な低金利現象が長期化しました。

自国にとって最適な政策は、当然ですがグローバルでは最適ではない。だからといって世界全体のために自国が金融引き締めを行うとはならないところに、グローバル化した世界での金融政策運営の難しさがあります。

<5>グローバル化を切り口として見た日本の課題

  1. 円高恐怖症からの脱却
    過去の日本経済の大きな変動はほとんどすべて円高に対する過剰な恐怖感から生まれています。現在、円の実質実効為替レートは過去50年来の円安水準にまで低下していますが、これだけ円安にならないと輸出できないほど日本の競争力が低下していることを意味しています。
  2. 雇用慣行のグローバル化
    日本の潜在成長率が低下し続けているのは、高齢化に伴う生産年齢人口の減少に加え、グローバル化・情報通信革命の進行に対し、日本の社会や雇用慣行が適合していないことが影響しています。これに対する方向性を日本はまだ見出していません。
  3. 「グローバル・スタンダード」に働きかける努力
    多くの場合、「グローバル・スタンダード」の実態は「米国スタンダード」ですが、実際の政策運営にあたっては各国固有の要素が果たす役割も大きいので、「グローバル・スタンダード」を自ら作っていくという気概を持つことが重要です。それには「グローバル・スタンダード」の背後にある知的モデルに働きかけることが不可欠です。その前提条件として、共通の「言語」としての英語と理論的枠組み、人的ネットワークが必要です。

質疑応答

講話後、Executiveネットワークメンバーからの質問に白川氏が一つひとつ丁寧に答えていきました。その質疑応答の内容の一部をご紹介します。

<Q&A>(抜粋)

  • Q:金利が上がると中小企業にとっては厳しいが、ゼロ金利も厳しい。このような状況の中で、銀行は何をすべきか、明るいビジョンをどう語るのか、アドバイスいただきたい。
  • A:とても難しい問題です。客観的に考えると明るい未来は語りにくいが、「経済は自然現象ではなく人間の営む行為」であることを忘れてはならない。意思があれば、5~10年では無理でも、20年単位で明るい方向に変わり得る。そのためには、まず日本の現状を直視し、問題を認識することからスタートしなければならない。
    「金利を上げると混乱するから」と、30年間も低金利が続いている。多少混乱したとしても、現状維持で生産性上昇率が低下を続ける状態から脱却することは明るい未来に繋がり得ると思う。現状を正しく認識し、混乱があるとしても必要な方向に進んでいくべき。

  • Q:雇用慣行を変えるべきというお話があったが、日本は終身雇用制が根強く、企業でその制度を変えるのは難しい。どうすればいいとお考えか?
  • A:これもとても難しい問題で、ここには2つの問題がある。1点目が日本の人口動態で、高齢化から人口減少に入っていること。2点目が生産性をどう向上させるか。日本の生産性が上がらない理由の一つに、日本の雇用慣行とグローバル化とは親和性が低いことがある。終身雇用のセーフティネットを維持していては、企業は国際競争に勝てない。変えることは難しいだろうが、批判を受けても現状を変える企業が出てくる必要がある。社会の構成員がその現状を受け入れ、居心地のよいところから皆が前に出なければならない。 これまでのご経験と幅広い知見から、経済・金融のグローバル化の進展や反グローバルの動き、グローバル・ガバナンスの状況や日本の課題などについて、体系立てて分かりやすくお話しくださった白川理事。そのお話によりメンバーの皆さんはそれぞれに気づきを得、これからの日本経済の向かう先や、その中で自分たちにできることは何かを改めて考えたよい機会となりました。
参加者感想<事後アンケートより一部抜粋>
  • グローバルという言葉の本質、グローバル化の浮き沈み、円安、円高に良いも悪いもない等これまでにないものの見方を非常にわかりやすく教えていただいた。
  • 前日銀総裁から直接お話いただける貴重な経験。セントラルバンカーの矜持・高潔さに感動した。
  • 日本の明るい未来について、問題を正確に理解し、直視すること、そして一歩も二歩も前に進むこと、チャレンジすることが大切であることを学べた。
  • 現状の脱却には混乱や痛みを伴うが、それでもやった方がいいということが、様々な自分を取り巻く課題にも共通していると痛感し、正面を向いて立ち向かう勇気を貰えた。周りを巻き込みながらやっていこうと思う。

2022JEN 7月定例会会場出席メンバー