トップインタビュー
2021年06月07日
「内永ゆか子のTOP INTERVIEW」第38回を掲載しました。
女性社員の活躍が、組織を変えていく。
東急株式会社 取締役社長 髙橋和夫氏
どんなに優秀な人でも成功体験は捨てられない
内永 このたびはJ -Winダイバーシティ・アワード、ベーシックアチーブメント大賞受賞おめでとうございます。御社が大賞をとられた大きな理由は、リーダーシップです。ですから本日は、髙橋社長にお話をお伺いするのを楽しみにしていました。中期経営計画の重点施策にダイバーシティ推進を掲げていらっしゃいますが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
髙橋 10年ほど前、人事・労政室(当時)の室長に就任した際、どうやってこの会社を元気にしようかと考えたときに、女性社員が少ないことに気づきました。当時、鉄道事業の現場は女性社員がかなり少なかったので、これはおかしいと思ったのです。
内永 ほとんどの人は、不思議に思わないんですよ。
髙橋 私の原体験と言ったら大げさですが、東急バスに出向していた課長時代に女性活躍につながるプロジェクトを行いました。当時、男性しかいなかったバスの運転士は「無口で怖い」と不評だったんですね。その現状を変えたいと思って、講話をしたり、サービス向上を働きかけたりしたのですが、全く変わりません。それで、いっそのこと運転士を女性にしようと思ったのです。 でもいきなり総入れ替えすることはできませんから、新しいバスの子会社を設立し、運転士を全員女性にして、それ以降、順次、親会社の仕事も吸収していきました。すると親会社の運転士たちも危機感を持ったのか、マイクで「いらっしゃいませ」とアナウンスするようになり、結果として東急バス全体のサービスが向上しました。
内永 日本中の経営トップの方がそう思ってくださるといいですね。激変する世の中では、過去の成功体験に捉われていると、時代の流れに取り残されてしまいます。でも、どんなに優秀でも自分の成功体験を捨てられる人はなかなかいません。その一方で過去の成功体験を共有していない人は、従来のメンバーが当たり前だと思っていることに「なぜそうなんですか」と疑問を持ちます。新たな発想が投入され、それが多様性を進める原動力になります。それが女性活用なんです。
髙橋 当社は、若い世代は女性社員の割合が増えていますが、ミドル層以上の女性社員が少ないので苦労しています。中途採用を考えたこともあるのですが、現場を知らない人がいきなり管理職になるのは難しいですね。
内永 マネジメント層の女性を中途採用することも大切ですが、企業の中で女性管理職を一から育てていくことのほうが、近道ではないでしょうか。
一つ一つ事例を重ねて「風土」を変えていく
内永 御社では、ダイバーシティ推進へのアプローチを「制度・風土・マインド」の3本柱で考えていらっしゃいますよね。「風土」については、どのようにお考えですか。
髙橋 実例を挙げますと、男性社員の育児休職取得に、以前は抵抗感があったのですが、現在はなくなりました。細かいことを一つ一つ積み重ねていくことで、風土が変わると考えています。
内永 風土を変えていくことは大賛成です。ぜひお聞きしたいのは、オールド・ボーイズ・ネットワークについて。企業や組織で培われてきた明文化されていない約束事、暗黙のルールや雰囲気などで、忖度がベースにある文化です。
髙橋 忖度する風土は、良くないですね。私が社長になったとき、細かい話ですが、わざわざ早出出勤をして、女性社員がコーヒーを用意してくれていたんです。それをやめてもらって、その分、社員のほうを向いてほしいとお願いしました。
内永 オールド・ボーイズ・ネットワークの具体例を申し上げると、会議での発言があります。私が論理的に話を進めても、なぜか100%無視されました。少しの期間、だまって会議を聞いていると、男性社員の多くが必ず枕詞をつけてから意見を述べていることに気づきました。「今日のご提案は素晴らしい。なかなかよく考えましたよね。ただ、こういう点が……」。それを真似すると、話を聞いてもらえるようになりました。要するに私は会議にある暗黙のルールを知らなかったということです。
髙橋 確かに相手を傷つけないように、回りくどい話し方をする男性は多いですね。でも私はあまり好きではないので、「何を言っているかわかりません」と言ってしまいます。最近では、組織もフラット化していて、比較的自由に本音で話していると思いますよ。
内永 御社では、女性活用が変革に向けての経営戦略だと理解してよいでしょうか。
髙橋 はい。当社のお客さまは女性のほうが多いのに、サービスを提供する側が男性ばかりなのは、おかしいですよね。最近では女性社員がプロジェクトの責任者を務めるなど、目に見えて変化が起きています。
内永 女性従業員比率などの数値目標はありますか。
髙橋 2023年度までに管理職に占める女性比率を10%以上にする。そして男性の育児休業取得率を100%にする、という目標達成に向けて着実にダイバーシティマネジメントを進めています。私自身、風土やマインドが変わるまで、言い続けることが大切だと思っています。
働き方の変化が女性活躍の追い風に
内永 コロナ禍で、どのような変化を感じていらっしゃいますか。
髙橋 当社は相当影響を受けていて、2020年度は100年の歴史でいまだかつて経験したことのない底を見ています。これだけ厳しい状況を経験したのですから、従前よりも成長しなければなりません。働き方も大きく変わりました。もともと当社はテレワークを推奨していたので、何の問題もなく移行することができました。
内永 テレワークでは伝えたいことを明文化するしかないので、あうんの呼吸もありません。女性活用には明らかに追い風だと思っています。
髙橋 女性活躍は、いわゆる男性職場だった鉄道現場もやっと慣れてきたところです。鉄道の現場に女性が入ってきた当初は、育休明けの女性社員に気を使い過ぎていました。本人はもっと働きたいと思っているのに、ギャップがあったのです。今は育児等との両立ができるような制度を活用しながら泊まり勤務にも入ってもらい、男性と同じ仕事をしてもらっています。こうなるまでにはだいぶ時間がかかりました。
内永 髙橋社長が、女性社員に期待することは何でしょうか。
髙橋 10年前は上位職に就きたい女性社員が少なかったのですが、今は約7割に意欲があることを喜んでいて、期待しています。当社女性管理職が子会社の上級役員に就任するなど、ロールモデルが出てきたことが良い影響を与えているようです。この春、㈱SHIBUYA109エンタテイメントという子会社の社長に40代前半の女性を就任させましたが、社内でも大反響でした。
内永 御社からは、会社を変革しようという本気が感じられますね。これからも積極的に女性活躍を推進していただきたいです。J -Winでも女性社員のネットワーク作り、駐日女性大使によるメンタリング、今さら聞けないファイナンスや人事などを学ぶセミナー、オンラインでの海外研修などさまざまなプログラムをご用意しています。ぜひ多くの女性社員を送り込んでいただいて、ぜひ次回は、アドバンス部門で大賞をとってください。
PROFILE
髙橋和夫氏(たかはしかずお)
東急株式会社 取締役社長
1980年一橋大学法学部卒業後、東京急行電鉄(現・東急)に入社。交通事業の経験が豊富で、出向した東急バスには約19年間勤務。 復職後は、主に経営企画部門を担当し、仙台空港の運営権獲得にも 関わった。常務、専務などを経て、2018年4月より現職。
内永ゆか子(うちながゆかこ)
NPO法人 J-Win 理事長
1971年東京大学理学部物理学科卒業後、日本IBM入社。1995年取締役 就任。2000年常務取締役ソフトウェア開発研究所長。2004年4月取締役専務執行役員。2007年4月NPO法人J-Winを設立し、理事長に就任。2008年4月ベネッセホールディングス取締役副社長、並びにベルリッツコーポレーション会長兼社長兼CEOを経て、2013年6月ベルリッツコーポレーション名誉会長を退任。