「禅とリーダーシップ」
臨済宗 大本山妙心寺退蔵院 副住職
松山 大耕 氏
●お寺が650年続く哲学をビジネスに取り入れる企業が急増
最近、ビジネスの世界において「禅」が注目されており、お寺で研修を行う企業が非常に増えています。では、なぜお寺なのでしょうか。私は3つの理由があると思っています。1つ目は「場を変える」ということです。場所を変えると気分も変わるし、会議室で話してると出ないような新たなアイデアが生まれることが期待されています。2つ目は、「お寺には歴史がある」ということです。妙心寺は650年続いています。かつて、1980年頃にベンチャー企業の寿命は30年と言われました。現在はもっと短くなっています。どのようにしたら650年も続くのか、続ける哲学を学びたいという需要があります。そして3つ目は、「感覚を研ぎ澄ませる」ということです。多くの企業は、後から突っ込まれることを警戒して中途半端なことを行っており、それが低迷の原因ではないかと感じています。今は価値観が水平的に広がる一方で、昔のような勝ちパターンはなく、価値観が垂直化するという矛盾も起きています。本当に自分が最高だ、面白いと感じるセンスが欠けてしまっているのは、情報化社会を生きている弊害ではないでしょうか。お寺での修行体験を終えた後の感想で多いのは「ご飯がこんなにおいしかったのか」ということです。姿勢を正して無言で食べる。どうやってご飯を食べるかで味が全然違います。そういった感覚を呼び戻すのが禅なのです。
●シンプルな機能にこだわったiPhoneの誕生にも影響を与えた禅の精神
仏教は約2500年前にインドで生まれ、1500年前に中国に伝えられ、1000年前に日本にやってきました。最近、禅は世界中でブームになっていますが、実は中国にはほとんど残っておらず、もはや日本の禅になっています。また、世界では禅のとらえ方も少し違います。欧米では「ご利益があるからやる」という功利主義的な面がありますが、日本では「自分を明らかにする。自分とは何かを極める」のが禅です。世界的にブームになっているのは、禅の考えをビジネスに取り入れたスティーブ・ジョブズさんの影響が大きいと考えられます。ジョブズさんがiPhone のアイデアを思いついたときに、最初の試作モデルにボタンが3つ付いているのを見て「もっとシンプルにしないとすべての世代に受け入れられない」と言って、ボタン1つの iPhoneの誕生に至ったそうです。シンプルであることの重要さを禅から学んでいるのです。また、禅は実体験を重んじるという点も重要です。日本の禅の修行道場は、ひたすら庭掃除、雑巾がけ、薪割りなどを行い、実践の中から学びを得ることを重視しています。仏教実習の専門用語に「聞思修」という言葉があり、セオリーを学び、自分で考え実践実行することを意味します。これはいわゆる一般的な物事の考え方です。皆さんの会社も同じようではないかと思います。でも禅の場合はまったく逆で、セオリーを考えるよりも、「とりあえずやる」ということを重視します。
●失敗の中から自分で試行錯誤させることが人の成長につながる
禅は、長い歴史の中で、戦国時代の武将や政治家、経営者、アスリートなどに広く支持されてきました。なぜかと言うと実践を重視するからです。私の師匠は、言われたことをするのではなく、見たことをするように指導しました。指導者になろうと思ったら、15年、20年、その修行が長ければ長いほど、お手洗いの掃除や台風の後の片付けなど、人がやりたがらない仕事を率先して行います。なぜかと言うと見せないと伝わらないからです。また、修行の中では、料理当番があるのですが、2時間という短い引き継ぎ時間しか与えられず、最初はご飯もうまく炊けず、何度も先輩からお叱りを受けます。ここには、失敗をしながら学んでいくということに大きな意味があります。「わざと教えない」「わかるまで待つ」という指導のもと、失敗の中から自分で試行錯誤させることが人の成長につながっていくのです。「瞬時に動く」という点も重要です。何かが起きたときに、考えるよりもまず動くこと。それが役に立つかどうかよりも、すぐやることの方が人の気持ちをつかみます。さらに、禅の世界では、能力よりも「働き」が重要で、限られた時間で掃除をする、食事を用意するなど、与えられた条件下で何とか工夫する力がとても身に付きます。こうした積み重ねが650年続く哲学へとつながってきたのではないでしょうか。お坊さんの仕事は人々に安心感を与えることだと思っています。そして、その時代の安心は何かということは常に変わっています。こうした中で常に変化しながら変わらぬ安心感を与え続ける「動的平衡」を心掛けています。いつの時代も、人間の心というのは変わりません。その中で自分の役割を的確に見出し、変化していくということが大切です。
~講演の感想~
- 禅の価値観のとらえ方や、理論よりもまず実践を重んじるというところは自分にはない
ことだったので、もっと禅を学ぶと、自分自身に柔軟性や人生への向き合い方が見えてきそうな
気がしてとても惹かれました
- 日本古来の考え方や伝統から学ぶべきことがたくさんあると感じた。1000年続いている禅でも、
時代を見てなすべきことを見い出し、常に変わってきたことなど、
ビジネスや生き方の芯になるようなものに触れることができた
- 禅学の学び(言われたことはしない、観る、わざと教えない、瞬時に動く、能力でなく働きが大事、
動的平衡)は仕事においても活用できるので、人材育成やチームマネジメント、
自身の仕事への向き合い方として活かしていきたいと思います
- 変化の早いこの時代において、自分の芯をしっかり持つことの大切さを改めて感じました。
修行に身を置くことは難しいですが、まずは一つ一つの行動を丁寧に、集中して行うことで、
自分の感覚というものを改めて養っていきたいと思います
【松山 大耕 氏のPROFILE】
1978 年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。埼玉県新座市・平林寺にて3年半の修行生活を送った後、2007年より退蔵院副住職。2011年より京都市「京都観光おもてなし大使」。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出され、同年より「日米リーダーシッププログラム」フェローにも就任。2017年より京都造形芸術大学客員教授。2011年には、日本の禅宗を代表してヴァチカンで前ローマ教皇に謁見、2014年には日本の若手宗教家を代表してダライ・ラマ14世と会談し、世界のさまざまな宗教家・リーダーと交流。2014年世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席するなど、世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。著書に『大事なことから忘れなさい~迷える心に効く三十の禅の教え~』(世界文化社、2014年)、『京都、禅の庭めぐり』(PHP、2016年)、『ビジネスZEN入門』(講談社新書、2016年)など。