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「転換期を迎えた世界経済と円相場」
JPモルガン・チェース銀行 市場調査本部長 マネジング ディレクター
佐々木 融 氏
為替に関して、「なぜ弱い経済の日本の円が上昇するのか」と聞かれることがたびたびあります。そもそも通貨の価値とは何でしょうか。通貨の価値は物価が示しています。例えば、1個1,000円のサッカーボールが500円に値下がりしたとします。サッカーボールの価値は変わらないのに価格が下がったということは、通貨の価値が上がっているということを意味します。逆に、アメリカで1個1ドルだったサッカーボールが2ドルに値上がりしたとすると、通貨の価値が下がっているということになります。デフレ国・日本の円の価値が上がり、インフレ国・アメリカのドルの価値が下がったことで、「円高・ドル安」の傾向が続きました。長期的にドル円相場が円安となるか、円高となるかは、日米インフレ率差次第と言えますが、アメリカの物価は、日本の物価に比べて年平均2%上昇率が高くなっており、長期的に見ると円高傾向が続くと予測されています。また、円は、世界で有事に買われ、保有するリスクの低い「安全通貨」だと良く言われますが、その大きな理由は低金利であるということです。為替取引をする際は、「売る通貨」と「買う通貨」を決めますが、売る通貨を得るのに市場から資金を借りるため、低金利の円が多く選ばれます。これに対して、金利差益を目的とするため、買う通貨は例えばエマージング通貨などの金利の高いものが選ばれる傾向があります。しかし、世の中で不穏な動きが強まり、先行きに対する不安感が高まると、保有しているポジションの予想損失額が大きくなり過ぎてしまい、ポジションを閉じる為に、買っていたエマージング通貨を売って、円を買戻し、借りていた円を返す必要が出てきます。このように、円は安全通貨だから買われるのではなく、金利差を目的としたキャリートレードで、売られた円がポジションを閉じる過程で買い戻されているのです。
平成の30年間で、アメリカの物価がほぼ倍増した一方、日本の物価はさほど変化していません。ドル円相場は、ピークの1990年4月に160円に達したのに対して、ボトムは2011年10月の75円。つまり円の価値は一時ドルに対して倍増しました。その後、2013年から2015年に急激な円安へと動き、2018年のドル円相場は104.66円~114.54円と、年間で8.8%という狭いレンジで動いています。歴史的な円安の背景には、日本企業がアベノミクス開始後の2013年頃から対外直接投資を急増させている点があります。また、本邦企業は200兆円以上の現金・預金を保有しており、対外直接投資の動きはますます加速するものと予測されています。さらに、円売りを伴った対外証券投資も増加しており、本邦企業・本邦投資家が近年の円安を支えていると言えるでしょう。円相場の構造が変化した背景には、日本の経常収支の構造変化も挙げられます。1990年代までは、経常黒字の多くは貿易によるものでしたが、21世紀に入り貿易黒字が縮小していく中で、経常黒字のほとんどを所得収支が占めるようになりました。所得収支の黒字、つまり過去の投資に対するリターンです。これらが再投資されることで、円買いにつながりにくいのではないかと考えられています。~講演の感想~
【佐々木 融 氏のPROFILE】
1992年上智大学外国語学部卒。1992年に日本銀行に入行し、調査統計局、札幌支店、国際局為替課、考査局、ニューヨーク事務所駐在を経験。2003年4月、JPモルガン・チェース銀行 東京支店チーフFXストラテジストを経て、2009年6月から現職、2010年5月マネジングディレクターに。著書に、『弱い日本の強い円』『インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?-デフレ脱却をめぐる6つの疑問-』など。