2016年8月23日(火)TKP市ヶ谷カンファレンスセンターホールに於いて、Next Stage第2回の定例会が開かれました。講師は、長年日本労働組合総連合会会長として活躍された古賀伸明氏です。「働くことを軸とする安心社会の実現に向けて」というテーマですが、つい経済優先、効率主義に陥りがちな私たちに向けて、あらためて「働くということの意義」を問い直し、また働くことの社会への影響や世界との関わりなどを見直す有意義な機会となりました。
「働くことを軸とする安心社会の実現に向けて」
連合顧問
連合総研理事長
古賀伸明氏
(* 肩書きは講演当時のものです。)
● 誰もが働き、成長してゆく社会へ
世界はグローバル化が進み、経済は発展しましたが、同時に貧富の差はますます拡大して、さまざまな価値観がぶつかりあい、先進国と言われる国々でも問題が噴出してきています。資本主義の限界、終焉などという言葉さえ聞かれるようになりました。もともと自由な競争の中で利益を追求する資本主義にはさまざまな問題点があり、我々労働組合もそうした根源的な問題点を解消する手段の1つとして誕生したわけです。働く者の側の意見を企業と社会に反映することで、よりよい企業・社会にしてゆくことが、私たちの使命です。
しかし、社会がこんなにも複雑化してくると、今後目指すべき未来像というのが、はっきりとは見えてきません。新たな社会の仕組みを模索する時代に入っているのだと思います。私はよりよい社会を構築してゆくためのキーワードは3つあると考えています。「全員参加型秩序形成」「包摂的成長」「負担の分かち合い」です。さまざまな背景、価値観をもつ個人や団体、組織が互いに発信しあいながら自分たちで新たな秩序を形成する。高齢者も女性も障害者もすべての人が社会を形づくる主体なのだという意識で参画し、それによって全体として成長していく。そして便利さ、効率性を追求するなら、その代償も社会全体で分かち合っていくべきだと考えます。
● 働くことによって、人と人とがつながり、社会とつながる
日本は超少子高齢・人口減少社会に入り労働人口は減っているのです。それにもかかわらず非正規雇用者が全体の4割にもなり、1000万人以上の人が年収200万円以下で働いている、というのが実情です。不安定な雇用や貧困などの社会のひずみは是正されなければなりません。これからは、経済成長だけを求めるのではなく、一人ひとりが生き生きと暮らせる社会を目指したい。私はそれを「働くことを軸とした安心な社会」と捉えています。働くことにもっとも重要な価値を置き、誰もが安心して働き続けられる社会です。
ところで、働くことの意義についてあらためて考えてみましょう。働くと言うと、つい経済力のみを考えがちですが、それだけでしょうか?仕事を通じての行為である「働く」ということは、「人と人がつながり、職場や企業と社会がつながること」で、それは「社会の課題を解決し、新たな価値を創造していく営み」なのです。しかもそのことは、個人の成長や自己実現を促し、企業の成長、さらには社会の持続可能性を高めていく原動力でもあります。働く人一人ひとりによって、社会は形成されているのです。ですから仕事は「ディーセントワーク」すなわち、「働きがいのある人間らしい仕事」でなければなりません。
しかし現状では、長時間労働のために身体や心を害したり、会社をやめなければならなかったり、低賃金による貧困、とくに子供の貧困など、社会の課題はたくさんあります。そうした問題には、社会のさまざまなセーフティーネットが必要です。お互いの助け合い、支え合い、連帯などです。みなさんも目先の自分の仕事のみに没頭するのでなく、職場の仲間や企業全体や社会にも目を向け、助け合い、支え合うことも働くことの1つの意義であることを認識して欲しいと思います。さらには、男女ともに地域や家庭の問題にも目を向け、役割と責任を果たしていく。その両輪を果たしてこそ、初めてワークライフバランス社会といえるのではないでしょうか。
● リーダーとしてのキーワードは「覚悟と情熱」「信頼と共感」
私は6年間の連合会長を含め組織のリーダーを約20年務めてきましたが、その中で、リーダーとして学んだことは、「覚悟と情熱」と「信頼と共感」、この4つのキーワードに凝縮できます。リーダーの役割は、目標を定め示すことですが、未来のことですから正解があるわけではありません。迷うことが多い課題ばかりですが、一旦「これ!」と決めた以上は覚悟して、情熱をもって挑戦するしかありません。しかし、それだけでは人や物事は動きません。人や物事が動くのには、信頼と共感が必要です。しかも、この信頼と共感は一朝一夕では形作られず、絶え間ない対話や話し込みが必要です。日常的に気の合う人とはもちろん、あまり目立たない人や価値観の違う人とも話し込むことです。もちろん、リーダーが自信なげにしていたのでは、人はついてきません。率先して情熱を持って遂行する。がまん強く前に進めて多少のことではビクともしない。そうした姿勢も周りにいる人たちの信頼と共感を得ることになり、みんなが同じ目標に向けて頑張ることになるのです。
「覚悟と情熱」と「信頼と共感」があれば、考え方が多少ちがっていても、人はついてくるし、協力もしてくれるものです。大勢の人が応援してくれれば、物事を大きく変革することもできます。そして、リーダーには物事を立案したらそれを実現してゆく能力も求められますが、忍耐強く実践しながらも、ものごとにはタイミングもあります。この難しい時代には、トライ&エラーでやり方を変えてみたり、これまでの常識を覆してみたり、あの手この手を繰り出すことが重要ですが、ダメなときもあれば、思いがけず実現してしまうこともあるのです。
時間はいつのまにか経過してゆきますが、未来を漫然と迎えるのではなく、もっとこういう社会にしたい、少なくともこういう課題は解消したいという理想をもって、私たち一人ひとりが主体的に取り組んでいけば、世の中は必ず変わります。私はそうしたより良い社会を後進の人たちに届けたいと思っています。
【古賀伸明氏のPROFILE】
福岡県出身、宮崎大学工学部卒業後、松下電器産業に入社。同社労働組合で活躍し、中央執行委員長、全松下労働組合連合会会長、電機連合中央執行委員長、金属労協議長に。日本労働組合総連合会(連合)事務局長を経て2009年6代目連合会長に就任。2015年に退任、現職に。