「しなやかなリーダーシップ」
株式会社ヴァイセコーポレーション代表取締役
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
株式会社リクルートワークス研究所特任研究講師
野田稔氏
これまでにもたくさんの研究者によって研究が積み重ねられてきたテーマ「リーダーシップ」ですが、長い間突き詰められてきた結果、今ではすっかり男女の差は関係ないという結論に達しています。ましてや年齢や学歴についても殆ど関係はありません。リーダーシップは、どのようなタイプの人であっても、どのような場あるいは組織に属している人であっても、すべての人がリーダーシップを発揮することは可能です。
ひと昔前までは、リーダーシップは生まれながらに備わっている「特性」だと考えられていました。それは研究対象とされてきたのが歴史的な大リーダーであることが多く、例えば織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といった人物に共通する特性が研究されていたからです。考えてみてください、この3人の共通点に、尾張の出身ということ以外何があるでしょうか。当然、すべての大リーダーに共通する特性を発見することはできませんでした。
しかしこれが、「性格や属性がちがっても、リーダーシップをとることができるということなのではないか」と発想されたとき、「特性」では「行動」で論じるべきという考え方が主流となりました。
行動論、つまり「必要なときに必要な行動がとれるか」によってリーダーシップが発揮できるかどうかが決まるということです。それはまた「誰でも行動次第でリーダーとして能力を発揮できる」ということにほかなりません。
リーダーシップとは、上位者が下位者に命令をするということのみを示すものではなく、他人に何らかの形で影響を与え、望ましい行動を起こさせることができる、という組織現象のことを言います。
部下や後輩に対してリーダーシップを発揮するには「指示・命令」という形で影響力を発揮すればよいのですが、仲間や同僚、上司に対して命令はできません。こういった人たちへのリーダーシップは特に重要になってきます。具体的には、「巻き込む、承認を得る」ということです。とりわけ下位者から上司に対しての場合は大切です。これがよく見られる組織は、個人にとって快適であるばかりでなく、風通しのいい組織となります。上位者が決めた行動を、下位者が守るだけの組織が発展し続けることはごくまれですから、これは組織の健全さを保つ最大のポイントです。
じつはリーダーシップとは、フォロワーに主導権があり、彼らのコミットメントがなければ成り立ちません。それは、フォロワーがリーダーの影響力を受け入れるというリスクを背負うことになるからです。ですから、本当の意味で受け入れてもらうためには、フォロワーの受け入れ態勢を作っておく必要があります。
「この人についていけば、間違いない」と、フォロワーに認識させるリーダーシップの源泉としては「組織が付与した正当性(地位の付与)」や「専門性」、「正義・大儀・合理」、「人間的魅力」などを挙げることができます。専門性の高さは我が国の企業ではとても大切にされるリーダーシップの源泉です。ただしプレーヤーとしての自分の専門性が通じるのは最初だけ。やはり、マネージメント側としてのリーダーシップとなると、「ビジョン、つまり戦略」が必要不可欠だと言わざるを得ません。そこに社会的な正義という動機付けがあると、人は動いてしまうものです。これが「正義・大儀・合理」といわれるものです。
そしてリーダーシップの源泉には、やはり人間的魅力が加わります。先にお話した特性論と同じように聞こえるかもしれませんが、特性論のような絶対条件という扱いではなく、現在はその必要条件を挙げられるレベルまで研究が進んでいます。その必要条件とは、「信頼と安心」です。この2つが与えられなければ、人は話に耳を傾けようとはしませんし、ましてやリーダーのために行動にでることはありません。
メンバーに安心感を与えるモノの一つとして「鏡ニーズ」を満たすというモノがあります。これはリーダーの目に自分の姿が誤解なく正しく映っていると確認できることから生じる安心感です。目に正しく映っていることをリーダーが示す一番の方法は、メンバー本人が一番見てもらいたい部分を察知してそこをほめることです。このように正しくほめるためには、普段からの観察が必要で、何に努力しどのように成長しているかということに敏感である必要があります。これは正直、私も難しいことだと思っています。
こういったことでフォロワーとの関係性が築かれていれば、リーダーシップはほぼ成功したも同然です。この土壌の上でリーダーがとるべき有効な行動は2つに大別されています。1つは「成果を重視して部下に厳しく指示を出していく」、2つめは「人間関係の重視」つまり組織固めです。九州大学の三隅先生は、1つ目の行動を「パフォーマンス行動」(P)、2つめは「人間関係のメンテナンス行動」(M)と呼んでいます。PとMの強弱で、リーダーのタイプが決まります。
Pが強いほうが適している状況と、Mが強いほうが適している状況、どちらも強い、どちらも弱いほうが適した状況もあります。ですから、理想的なリーダーは、状況によってしなやかにPとMを使い分けられる人のことを言います。
ただし、この状況の判断が難しい。とくに「変革期」を見極めなくてはいけないのですが、判断を誤ったり、判断してもそのための行動が遅れるというのが、これは今までの日本企業に多いパターンでした。「変革期」は強力なリーダーが引っ張っていかなくてはなりません。今、日本全体が変革期を迎えています。この未曾有の状況でどのようなリーダーシップが発揮されていくのか、ぜひ注目していただきたいと思います。
【野田稔氏のプロフィール】
1981年一橋大学商学部卒業後、株式会社野村総合研究所(NRI)入社。87年一橋大学院修士課程修了、博士後期課程進学。NRI復帰後、同社における組織・人事コンサルティング領域を立ち上げる。92年経営戦略コンサルティング室長、経営コンサルティング一部長
を最後に2001年3月末にNRIを退社。その後、多摩大学経営情報学部教授、株式会社リクルート新規事業担当フェローなどを歴任。2007年11月、総合エンタテインメント企業である株式会社アミューズと共に、(株)ジェイフィールを立ち上げ代表取締役に就任(2010年2月まで)。ジェイフィールには、組織・人事プロフェッショナルたちが集い、高度な専門知識と豊富な経験と、アミューズのエンタテインメント技術を組み合わせ、研修、教材開発、コンサルティングなどを通じて「ひと本来の輝きに満ちた経営」の実現を支援している。2008年4月明治大学大学院(MBAコース)グローバル・ビジネス研究科教授に就任。研究フィールドは一貫して、組織で人がいかに行動するかにあり、小さなチームでの個人の振る舞いから大きな企業グループで意思決定に至るまで対象は幅広い。現在の研究テーマは「感情のマネジメント」。
著書は『マネジメントルネサンス」(野村総合研究所共著)、『仕組み革新』(野村総合研究所共著)、『企業危機の法則』(角川書店)、『会社の仕組み』( 日本経済新聞社)、『コミットメントを引き出すマネジメント』(PHP研究所)、『リスクダイエット』(アスペクト)、『やる気を引き出す成果主義、ムダに厳しい成果主義』(青春出版)、『組織論再入門』(ダイヤモンド社)、『燃え立つ組織』(ゴマブックス)、『中堅崩壊』
(ダイヤモンド社)、『あたたかい組織感情』(ソフトバンククリエイティブ)など多数。
現在、NHK総合テレビ毎週金曜日22:55~23:50放送の「Bizスポワイド」にてキャスターを務めている。